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新島襄が学んだアーモスト大学は、ボストン西方にある、全米有数の「リベラル・アーツ・カレッジ」です。学業の面では、幅広い科目を学び、豊かな教養人の育成を目指します。さらに知育だけでなく、徳育、すなわち精神的な訓練や人格の育成にも力を入れていました。
そのため、キリスト教に基づく宗教教育が、学園のベースに据えられていました。新島が学んだ当時は、卒業生の約4割が、牧師や宣教師を志願して神学校に進んだ、といいます。新島もそのひとりでした。

人格教育の実を挙げるために、この大学は少人数教育に徹し、しかも学生全員と教師の家族が、ともどもにキャンパスに居住することを原則としていました。いわゆる、全寮制です。人格と人格がぶつかり合うことによって初めて、人格の陶冶が期待できる、という24時間教育です。新島も3年間の寮生活を経験しました。
アーモストは、新島を「アーモストの輝かしき息子」と称え、その肖像画をキャンパス中央にそびえるチャペルの正面壁に今も掛けています。
帰国後の新島が京都で立ち上げた同志社は、このアーモスト大学が有力なモデルとなりました。つまり、同志社はいわば、「日本のアーモスト」です。1932年には、同志社大学に同志社アーモスト館が寄贈されました。一方、アーモスト大学には同志社教職員の宿舎として「同志社ハウス」が備えられています。
こうしたつながりから、両大学の間には深い交流が今なお続き、教職員の研修だけでなく、学生同士の交換留学制度が設けられています。
(執筆:本井康博神学部教授)
>>アーモスト大学
>>新島襄が紹介されているページはこちら(アーモスト大学ホームページ)
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