Doshisha University
  • 同志社大学ホーム
  • 入学試験情報
  • お問い合わせ一覧
  • 交通アクセス・キャンパスマップ
同志社の人と研究
  1. 同志社大学ホーム
  2.  > 2016年度の同志社の人と研究一覧
  3.  > 日本列島における「人類史の起源」を追い求めて。【文学部文化史学科 松藤和人 教授】

同志社の人と研究

日本列島における「人類史の起源」を追い求めて。【文学部文化史学科 松藤和人 教授】

'16年9月23日 更新

地質学の手法を活用したことが
国内最古とされる
石器の発見につながった。

「後期旧石器時代からさらにさかのぼって、いつ人類が日本列島ヘ渡来してきたのかを探究しています」と目を輝かせて語るのは考古学者として活躍する松藤和人教授だ。考古学とは人類が残した痕跡からその起源や活動をひも解く学問である。中でも石器は人類が存在したという重要な証拠で、使われ始めたのは200万年以上前とされている。加工の度合いによっては自然石との見分けが難しく、石器そのものだけでは年代も特定できないため、埋まっていた地層が重要な手掛かりになる。松藤教授によると、石器の見極めには何よりも「経験」が大切だという。

考古学者として豊富なキャリアを誇る松藤教授だが、国内にとどまらず中国・韓国に渡って海外の研究者と交流を重ね、発掘調査の現場や資料を自身の目で数多く見てきた。アジアで発掘された石器と日本で発掘された石器とを比較研究する中で、共通点や相違点が浮かび上がり、日本における発掘調査に大いに役立つのだ。「日本という狭い島国の中だけに目を向けるのではなく、グローバルな視点を持って他国と比較研究しながらダイナミックに考察してほしいと学生たちにも伝えています」。

2009年、松藤教授が団長を務める学術発掘調査団が島根県出雲市多伎町の砂原遺跡で36点の石器を発見した。石器の鑑定においては、考古学の研究ではあまり試みられなかった地質学の手法を導入。発掘された石器を含む地層を詳しく調べたところ、中国大陸から飛来した黄砂や三瓶山から噴出した火山灰の地層が堆積しており、最終的に石器は11~12万年前のものだと結論付けられた。

これは、5~9万年前の石器が見つかった金取遺跡(岩手県遠野市)を抜いて国内最古であると考えられる。地質学の手法を活用した砂原遺跡での歴史的発見は、遺跡調査の手法を飛躍的に高める先例になったといえよう。「学際的かつ国際的な研究を行って初めて真偽が見えてきます。日本で発掘した石器に関しても、周辺大陸の石器や資料との比較研究を重ねながら、慎重に結論を出します」。従来の伝統的な研究手法にとらわれず、豊富な経験をもとに複合的な観点からアプローチしたことで、考古学の新たな1ページを開いたのである。

木崎湖畔で歴史的発掘。
学問分野を超えて研究者が
連携し、検証・分析を行う。

砂原遺跡での快挙に続き、2016年5月には松藤教授率いる学術調査団が長野県大町市平の木崎湖畔の小丸山で、約8万年前の地層から石器と見られる流紋岩を発掘した【図1】。かく乱されていない安定した地層からの出土で年代を絞り込めた意義は大きい。この発掘に関しては、日本旧石器学会の会員である杉原保幸さんが、木崎湖畔で採集した石が石器ではないかと松藤教授に鑑定を依頼したことから始まった。「杉原さんが持ってこられた石器を見たとき、木崎湖畔が有望な遺跡だと直感しました」。そこから採集された石器を、1点1点すべて確認し、杉原さんが調査した地層の断面や発掘した石器の位置をもとに、どのような地層に埋まっていたのかを図面上で復元して年代を考察した。そして、石器の表面に残る土をルーペで丹念にチェックすると、粘土やローム層(火山灰が風化・堆積してできた地層)が付着していることが確認された。その後、京都の民間企業に詳細な火山灰分折を依頼し、約7~12万年前のローム層に埋まっていた可能性が高いことが判明し、本格的な発掘調査に乗り出す十分な理由になった。

5月に松藤教授らが木崎湖畔で新たに発見した流紋岩は、今後幅広い専門家の分析を通して加工法や用途を詳細に調べられる。旧石器考古学では地質学・堆積学・地形学・岩石学・年代測定学の研究者、さらには日本に飛んでくる黄砂を専門に調査する研究者らとの連携が欠かせない。学問分野を超えた交流によって、新たな発見や発想の転換がもたらされるのだ。「石器の鑑定などにおいて、共同研究者の中に一人でも見解の異なる者がいれば、その疑問点を徹底的に調べ尽くします。皆がお互いの専門的見地から遠慮なく意見を述べ合い、妥協せずに納得できる結論を導き出すことが真の研究であり、研究の醍醐昧なのです」と松藤教授は熱を込めて語る。

旧石器捏造事件以降、
考古学界に蔓延するネガティブな
風潮から脱却するために。

今から330万年前に人類はアフリカで誕生した。そして、非常に長い年月をかけて大陸を渡り、この日本の地に私たちの祖先が到達した。その具体的な年代に関しては考古学界でも意見が分かれ、定説は存在しない。1960年代から50年以上もの間、激しく議論が交わされてきたテーマである。近年まで、4万年以上前の遺跡は存在しないとの見解が多数派を占めてきた。それに拍車をかけたのが2000年に発覚した旧石器捏造事件である。これにより、4万年以上前に日本に人は存在しないという風潮が確立されてしまった。そのため、2009年の砂原遺跡と2016年の木崎湖畔での発掘に対しても、一部の研究者からは懐疑的なまなざしが向けられている。旧石器捏造事件以来、新たな発見を頭ごなしに否定しようとする考古学界の姿勢に対して松藤教授は警鐘を鳴らす。「本来、研究とは先入観に束縛されず、自由な発想で取り組むべきものです。現在の考古学会は旧石器捏造事件から続く、『羮に懲りて膾を吹く』ようなスタンスから脱却する必要があります。隣接分野の研究者と垣根を超えて連携し、多様な観点から証拠を積み重ねることで、4万年以上前にも旧石器人が日本に存在したことを私はこれからも立証していきたい」。松藤教授らによる木崎湖畔での発掘調査は、考古学史上における一つのターニングポイントとなる可能性が高いだろう。日本列島人類史の起源に迫るその壮大な挑戦から目が離せない。

松藤 和人(まつふじ かずと) 文学部文化史学科 教授

1947年生まれ。同志社大学文学部文化学料卒業、同志社大学大学院文学研究料文化史学専攻修了。元日本旧石器学会副会長。東アジアにおける旧石器文化の起源と発展を研究課題とする。また、考古学界でもいち早く周辺分野との共同研究に着手し、学際的な研究を展開。主な著書に『日本と東アジアの旧石器考古学』(雄山閤)や『旧石器が語る「砂原遺跡」―遥かなる人類の足跡をもとめて―』(ハーベスト出版)などがある。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.49 掲載
日本列島における「人類史の起源」を追い求めて。【文学部文化史学科 松藤和人 教授】
【図1]木崎湖畔小丸山遺跡の地質断面図(渡辺満久原図)

【図1]木崎湖畔小丸山遺跡の地質断面図(渡辺満久原図)

地層断面実測調査の様子

地層断面実測調査の様子

流紋岩製石器の出土状態

流紋岩製石器の出土状態

木崎湖畔の小丸山で出土した石器2点

木崎湖畔の小丸山で出土した石器2点

関連情報