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生命と非生命の境界線を解き明かし、 新たな学問領域を切り拓く。【塩井 章久 理工学部 化学システム創成工学科 教授】

'18年5月1日 更新

生きているとは何か。問いの先に見えてきた非平衡科学という学問。

 生物の生命システム構造は、太古から進化を遂げてきた歴史的産物であり、最先端の科学技術をもってしても再現することが難しい高度な化学システムだと言える。近年、学界や産業界でも生物から学ぶ技術としてバイオミメティクス(生物模倣)が注目されているが、その多くは生体の持つ優れた分子や形状を模倣するのであって、化学システムとして生物特有の動的な状態に着目するものは少ない。「私は生物の『生きている状態』に強い関心があります」と塩井教授は語る。生物の体内ではエネルギー変換や物質変換などの化学反応が絶え間なく生じているが、一般的な科学では正反応と逆反応の反応速度が等しく釣り合っているとする平衡状態へと単調に近づく過程を扱うことが多い。「非平衡状態ゆえの、動的かつ時間的秩序を持った性質や原理の研究は、生物的な機能を有する化学システムデザインのスタートポイントになります」。物質の流入・流出を伴って機能する微小な化学システムやそれらが複合的に作用した比較的大型のシステムを分析する非平衡科学の研究は、生体システムの研究と共通する部分がある。だからこそ、非平衡科学を高度に利用した物質分離・輸送システムや秩序性を持つ構造体形成パターンの解明は、生物機能を人工的に再現するための研究としても非常に意義深い。「研究が発展すれば、人体に有害な物質を安全かつ効果的に除去する物質を開発したり、いずれは機械や電気ではなく化学の力で動くロボットを生み出したりすることにもつながるかもしれません」と塩井教授は非平衡科学が秘めるポテンシャルを語った。

神秘のベールに包まれた非平衡現象のメカニズム解明に奮闘。

 塩井教授はもともと洗剤の主成分である界面活性剤などを含む溶液の物性を研究していた。界面活性剤の濃度が特定値以上になると、分子の集合体を生成する。これらの分子は親水性の部分と親油性の部分を併せ持つ両親媒性化合物であり、水中において自律的に集合しミクロな配列やマクロな構造を形成する(自己組織化)。このような非生命物質の自己組織化こそが原子の海で始原細胞を生み出したと考える仮説が存在するが、塩井教授はこの仮説に対して漠然と違和感を覚えていたと振り返った。「ガラス容器に水と油を入れると層を保ったまま自律的に液体が運動し続ける現象と出会い、(図1)違和感の原因は時間的要素の有無だと気付きました。生きていると感じる物質や非平衡科学に関心を持ち始めたのはこの時期からです」。非平衡反応には興味深い現象を示すものが多い。たとえば、ベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ 反応)は水と4 種類の化合物を混合して観測される酸化還元反応の一種だが、この化学反応溶液を静置しておくとストライプ状のパターンが自然に現れることが知られている。(写真1)また、最近では特定の化学反応を促進する触媒は、自らが触媒する化学反応のエネルギーを運動エネルギーに変換して、反応物質の多いところに移動したり集団運動したりする性質を持つことが塩井教授のグループの研究で明らかになった。(図2)「近年、時間秩序のある動的現象を専門に扱う非平衡科学の存在が認知されてきました。未知な部分が多い非平衡現象の謎を解いて世に送り出せば、知見を持った人々が新たな研究や技術へと応用・発展させてくれると期待しています」。

産業現場に眠る非平衡現象を見つけ出す産官学連携の可能性。

 塩井教授は専門である化学工学に馴染みの薄かった非平衡科学を20年以上にわたって独自に研究してきた。この研究成果に対する学術界からの反響は大きい。世界最大級の学術団体であり、科学雑誌『Science』を出版するアメリカ科学振興協会(AAAS)は運営する国際研究広報サイト『EurekAlert!』で塩井教授のグループによる「溶液中の反応をエネルギー源として動き続ける粒子」の研究を取り上げた。また、科学雑誌『Nature』を出版するNature Publishing Groupは日本語サイトで「水面上で集団運動する油滴群」の研究を注目の論文として挙げている。2017 年3月には化学工学会より化学工学会研究賞(玉置明善記念賞)を受賞するなど、研究は順調に進んでいるように見えるが、直接的な応用が見えにくいため研究費の申請が採択されにくいなどの苦労も多いという。「すぐに何かの役に立たなくても非平衡現象の豊かさを世界に発信し、一人でも多くの人に関心を持ってもらいたいです。目先のことだけにとらわれずに研究者が独自の夢を持って研究活動に取り組めば、きっと独創的な研究が生まれるでしょう。そのような研究の創出こそが大学の役割だと考えています」。
 産業現場には研究対象になりうる興味深い非平衡現象がたくさん転がっている。それらの研究が時代を形作る科学へと発展する可能性も高いと塩井教授は語る。人類の歴史を振り返っても、革新的な科学技術が産業から生み出されることも少なくない。たとえば、18 世紀に発明された蒸気機関の研究は、エネルギー変換における不可逆性の概念や、熱と仕事を同じものだと考えるエネルギー保存の法則を生み出し、さまざまな学問へと発展した。「私も産業現場に隠れた非平衡現象を発見・観察することで、眠る科学の種を見つけたいと常々感じています。科学者の目による観察や企業の方との交流はきっと新たなヒントへとつながるはずです」と塩井教授は産官学連携への強い意欲を示した。非平衡科学の研究を通して、次代を拓く科学の種をまこうとしている。

塩井 章久 理工学部 化学システム創成工学科 教授
京都大学工学部化学工学科卒業、京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程。文部科学省在外研究員や山形大学工学部助教授などを経て、現職に至る。非平衡科学やコロイド界面科学を専門とし、「時空間秩序を生む化学システム」を研究テーマとする。化学工学分野では馴染みの薄かった非平衡現象について20年以上にわたって先駆的な研究を行ったとして、2017年3月化学工学会より玉置明善記念賞を受賞した。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.53 掲載
(図1)水と油が層を保ったまま自律的に液体が運動し続ける現象

(図1)水と油が層を保ったまま自律的に液体が運動し続ける現象

(図2)反応物質の拡散源に自ら集まる触媒粒子

(図2)反応物質の拡散源に自ら集まる触媒粒子

(写真1)ベロウソフ・ジャボチンスキー反応

(写真1)ベロウソフ・ジャボチンスキー反応