EUキャンパス紹介

EUキャンパスオフィス建物外観
EUキャンパス
同志社大学は、テュービンゲン大学構内に開設したEUキャンパスで、ドイツだけでなく広くヨーロッパにおける本学の教育・研究の拠点として、活動を展開していきます。EUキャンパスオフィスは、事務スペース兼学生ラウンジとして、遠隔会議システムの設置、ドイツおよび日本関連書籍の配架を行います。本学職員が駐在し、現地に滞在する本学教職員や学生のサポートやテュービンゲン大学との窓口としての機能を担うことが期待されます。
テュービンゲンの町(昼)

街中を走るバス

テュービンゲンの町(夜)

マルクト広場の夜景

テュービンゲン大学とテュービンゲンの町
長い伝統を誇るテュービンゲン大学はヨーロッパの中心部にあり、世界各国の学生及び研究者にとって学術研究の中心地の一つです。人口約9万人のテュービンゲンの町では、ドイツ全国または世界各国から集まった学生約28,000名がテュービンゲン大学で学んでおり、町の人口の1/3が大学関係者で構成される大学町です。
1477年に設立されたテュービンゲン大学は、福音主義神学部、カトリック神学部、法学部、医学部、文学部、経済学・社会学部、数学・自然科学部など、計7学部を擁する大学です。2018年度の世界大学ランキングでは94位にランクインし、また最高レベルの研究を推進することでドイツの大学全体の質を向上させることを目的としたエクセレンス・イニシアティブにも選ばれており、まさにドイツのTOP大学の一つと言える大学です。

テュービンゲン大学オフィシャルページ(英語)
https://uni-tuebingen.de/en//
https://uni-tuebingen.de/en/international/university/branch-offices-and-research-stations/#c787176//
テュービンゲン大学とテュービンゲンの町、本学との関わり、ドイツで学ぶことの意義について
EUキャンパス支援室長 
和田 喜彦

<はじめに>
EUキャンパスがドイツのテュービンゲン大学構内に2017年度に設置されました。2018年度からは学生の短期派遣プログラムでの活用が始まりました。2019年度からはセメスタープログラムが開講されます。こうした本格的活用に向けて、様々な準備が整いつつあります。現役の学生諸君には在学中に一度はEUキャンパスに行く機会を持っていただきたいと思います。卒業生の皆さんも、EUキャンパスで開催されるシンポジウムなどのイベントに参加ください。また、教員の皆様におかれましては、ドイツ研究はもちろん、EU全域に関する研究のための拠点として有効活用いただければ幸いです。
以下、テュービンゲン大学、テュービンゲンの町、本学との関わりについて 簡単に紹介させていただきます。最後に、ドイツで学ぶ意義や目的について小職の考えを述べさせていただきます。

<1 新島襄も注目していたテュービンゲン大学>
EUキャンパスが設置されているテュービンゲン市はドイツ南西部に位置する人口8万数千人の小都市です。3人に1人が大学関係者という学術都市でもあります。留学生も4,000人ほど滞在していますので、国際感覚を磨くためにも最適な場所です。私自身も2018年7月に訪問しましたが、歴史的・伝統的な建築物が立ち並び、中世の街を彷彿とさせる落ち着いた雰囲気を醸し出していました。市街地には数多くのバス路線があり、バスの本数も多いため、移動が楽にできます。治安の良さもメリットの一つであると感じました。テュービンゲン大学は、学生数が大学院生も含めて2万8,000人程度ですので、同志社大学とほぼ同じ規模の大学です。歴史は非常に古く、応仁の乱が終結した年(1477年)に創立されました。ドイツで二番目に古い大学で、ヨーロッパの中でも最も古い大学の一つです(2019年時点で542年の歴史を刻んだことになります)。
新島襄も「キリスト教主義高等教育機関設立のために」(1884年、原文は英語)で、テュービンゲン大学を足利時代に創られた古い大学のひとつとして言及しています。また、以下の言及もテュービンゲン大学そのものへの言及はないものの、間接的にその重要性を示唆しています。

「彼の欧州において宗教大革命の率先者たりし独乙のルーサ[ルター]氏云えるあり、『父兄にしてその子弟を就学せしめざるものは国賊と云うべきものなり。』」(「同志社大学設立の主意の骨案」(1882年))(テュービンゲン大学はルター派正統神学の拠点です)。

歴史が古いばかりでなく、Times Higher Education世界大学ランキング2018では世界94位に位置しています。過去の著名人では、天文学者のケプラー、哲学者のヘーゲル、アルツハイマー病を発見した神経病理学者のアルツハイマー、神学者のカール・バルトもここで学びました。8人のノーベル賞受賞者がこの大学から輩出しています。DNAの発見もこの大学で発見されました。大学とは直接関係ありませんが、著名になる前の若きヘルマン・ヘッセが店員をしていたという書店もあります。因みに7歳のころヘッセは新島襄に会っています。彼の父がスイス・バーゼルでホテルを経営しており、新島がそこに宿泊したのです。彼にとって初めて会った日本人が新島襄だったということで、何かの縁を感じます。

<2 これまでの同志社大学とテュービンゲン大学との関係性>
このような素晴らしい環境に同志社大学がEUキャンパスを持てることになったのは、以下の事情によります。1993年に「テュービンゲン大学同志社日本語センター」が今出川キャンパスに設置され、25年以上に渡ってテュービンゲン大学哲学部日本学科から毎年約25名が同志社大学で勉強してきたのです(このセンターは、現在「テュービンゲン大学同志社日本研究センター」と呼ばれています)。
このことに加え、人文社会科学を中心とする研究者間の研究交流が脈々と継続してきたという歴史もあります。こうした教育と研究交流の実績があるからこそ、かつこの交流をさらに深化させたいという意思があるからこそ、テュービンゲン大学は、スペースが逼迫しているにもかかわらず同志社大学にミニキャンパス用の部屋を提供する決断を下したのです。私たちはテュービンゲン大学の熱い想いと期待に応えなければなりません。
 
<3 日本とドイツの比較研究から教訓と知見を導く>
日本とドイツは、相違点も多く、しかし共通点もたくさんあります。それぞれの経験と歴史を比較しつつ相互に学び合うことによって、教訓を導き出し、両国の今後のあるべき姿・進むべき方向性を見いだすことができると考えます。たとえば、第二次世界大戦では、両国とも全体主義・翼賛体制が強まり、適切な出口戦略が構築できないまま敗戦に至りました。その過程で国内外において多くの悲劇と犠牲を生みました。しかし、両国とも敗戦を乗り越え、戦後は科学技術を発展させ、顕著な経済的発展を実現しました。一方で、大気汚染などの公害問題は両国に共通した社会問題となりました。さらに、近年では両国とも高齢化率は世界的にみても高いものとなっています。因みにドイツの高齢化率は、EU諸国のトップです。
 相違点も多数あります。たとえば、女性の社会進出の面で大きな差があります。ドイツでは首相が女性であるということに象徴されるように女性が各方面で活躍しています。日本の場合、女性の国会議員の割合は1割程度ですが、この数字は第二次世界大戦直後とほぼ同じです。エネルギー政策でも大きな違いが出ています。2011年に福島原発過酷事故が起こりましたが、ドイツではメルケル首相の指示で「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」がつくられ、社会学者、哲学者、宗教家、政治家、科学者ら17名が結集しました。技術的、経済学的な論点だけではなく、倫理的、宗教的、社会学的な観点から原発の是非を議論したのです。その結果、フクシマ事故から3か月後には脱原発に舵を切ることが決定され、再生可能エネルギーの開発と普及が進んでいます。一方、日本は原発を主要電源のひとつとして重視する政策を維持しています。
EUキャンパスで展開されていく日独の比較研究によって、多くの重要な知見が導き出され、両国ひいては世界の持続的な開発目標(SDGs)の達成に寄与できるようになることを期待しています。