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源氏物語 その魅力と楽しみ方とは(前編)

平安中期に紫式部によって書かれた、日本古典文学の最高傑作のひとつ「源氏物語」。千年以上の月日がたってもなお、読む人々の心を魅了しつづけている。

主人公・光源氏をめぐる複雑な恋愛模様や人間の普遍真理等、私たち現代人は何を学ぶのか――。源氏物語研究の第一人者、同志社大学文学部国文学科教授の岩坪健先生に、作品の魅力や時代背景、古典文学の初心者にも楽しめる読み方などについて伺った。

2024年2月15日 更新
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文学部図書室にて(文学部教授 岩坪 健)

時代とともに位置づけが変わり続けてきた源氏物語

私たち現代人にとって源氏物語は恋愛小説のイメージが定着しています。ところが歴史を振り返ると、位置づけがまったく異なるものであったことはあまり知られていません。

まず、鎌倉時代にさかのぼりますと、源氏物語は歌人の必読書でした。当時の歌壇における大御所、藤原俊成がある「歌合(うたあわせ※)」で言った言葉が有名です。「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり」。つまり、源氏物語を読まない歌詠みは残念なことである、という意味です。源氏物語は自然描写に託した心理描写が秀逸です。当時の歌人たちはこれに倣って心象風景を歌に詠みました。従って、源氏物語を読んでおかないと歌を詠むことも、他の歌人が詠んだ歌を理解することもできないのです。

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源氏御哥かるた(同志社大学所蔵)

室町時代になると、源氏物語は「日本の至宝」と呼ばれるようになりました。当時は武家の時代ですから、政治・経済において幕府が実権を握り、公家は衰退していました。そこで公家は、貴族文化の象徴として和歌では古今和歌集、散文では源氏物語を重用することで、武家に対抗しようとしたのです。

また、中世には仏教の影響が色濃かったことも、あまり知られていないことです。仏教的な解釈では、紫式部は「色好みの物語」を描いたということで罰当たりな作家ととらえられ、地獄に落ちたと言われていました。あるいは逆に、光源氏でさえ最後は出家するのだから、出家を勧めるための物語であると見なされました。このような解釈に異を唱えたのが本居宣長です。仏教や江戸幕府が推奨した儒教による解釈を退けて、「もののあはれ」を提唱しました。その概念は現代まで受け継がれています。

このように源氏物語は時代によって社会の中での位置づけが変遷してきたことを、まずは理解していただけたら、と思います。

※歌合・・・歌人を左右2組に分け、その詠んだ歌を左右1首ずつ組み合わせ、優劣を争う遊び。勝負を決める判定の言葉も、和歌史において重要。

いつの時代も、埋まることのない男女間の溝

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政治や宗教の影響を受けながらも、時代を超えて多くの人々を魅了してきた源氏物語。その魅力は何でしょうか。

男女の恋愛模様がつぶさに描かれ、複雑に展開していくのが源氏物語の特長でもありますが、「男女の仲というのは今も昔も変わらない」。多くの人々に愛され、読み継がれてきた源氏物語の、これこそが普遍的な真理であり、神髄ではないかと思います。

私は同志社大学で1年生から4年生まで教えていますが、授業で源氏物語をテーマとして取り上げる時、1、2年生と3、4年生では教え方にちょっと工夫をしています。20歳になるかならないかのフレッシュな1、2年生は、ピュアな恋愛に憧れている学生が多いかと考え、あまりドロドロした男女関係について語るのは控えるように心がけています。

一方、成人して就職活動も始まり、社会の入り口に立っている3、4年生に対しては男女間の思考の違いなど、もう少し現実的な内容を取り入れることもありますね。

源氏物語のすごいところは、女性作家の紫式部が女性心理はもちろんのこと、男性心理まで巧みに描いていることです。源氏物語には多くの女性が登場します。その一人ひとりがとても個性的で、それぞれの生き方に興味をそそられます。

例えば全54じょうのうち第20帖に登場する朝顔の姫君は、光源氏を拒んだ唯一の女性です。男性に依存せず、独りで生きていく姿は、現代の女性像にも重なるところがあるかもしれません。

※掲載されている源氏物語絵は本学所蔵