Doshisha University
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インタビュー

最新のインタビュー

1)私と仕事

 私の生徒・学生時代は、今のように多くの情報がなく、働く女性として身近に接するのは、学校の先生くらいでした。一日の時間の大半を学校で過ごすわけですから、当然のことと言えます。従って私の職業選択肢の中に、教員という仕事はごく自然に入っていました。むしろ他の職業をよく知らなかったという方が正確でしょう。科目の中では「国語」が好きという理由で、迷う余地もなく、大学は国文学科に入りました。演習や論文執筆を通して、苦難の果てにある学問の喜びを知り、研究と教育を仕事とすることになって、現在に至ります。文学作品の丹念な読解を通して、時空を越えた幅広い他者と対話することは、人がよりよく生きるために大変重要なことです。それを学生さんたちに伝え、彼らが自分の力でぐんぐん伸びて大輪の花を咲かせる姿を間近で見られることは、本当に幸せなことだと思っています。

2)暮らしの楽しみと研究の楽しさ

 文学研究というと、生活から遊離した象牙の塔の産物と思われがちですが、実は日々の暮らしと深く結びついています。日々の暮らしの輝きが学問の充実につながり、学問の充実がまた、日々の生活を豊かなものにします。桜の花を愛でたり、美味しいお茶を味わったり、美しい絵に感動したり、映画や芝居を観て泣いたり笑ったりすることの一つ一つが文学作品を受けとめる感受性を研ぎ澄ますことになりますし、また反対に、たとえば桜の和歌を思い浮かべることによってお花見の楽しみは一層増し、中世の茶人の伝書を読んだ上でお茶に向き合えば、そのお茶はより一層味わい深いものになるでしょう。日々の潤いこそが、研究の豊かな実りを導くのです。日々の暮らしをいとおしみながら過ごしていきたいと思っています。

3)高校生のみなさんへのメッセージ 

 夭折の歌人・安藤美保の歌に「緻密に緻密かさねて論はつくられぬ崩されたくなく眼をつむりおり」(『水の粒子』ながらみ書房 1992年)という一首があります。24歳で亡くなった彼女は、大学院の親しい友人でした。私たちはともに修士論文を書き、博士課程への進学を目指していました。学問の世界は奥深く、自らの無知を知っては打ちのめされる日々ですが、この歌は彼女の面影とともにいつも私の傍らにあります。あわただしい現代社会の中ではありますが、皆さんにも、ぜひ、緻密に緻密をかさね、物事を深く考える静謐な時間を持っていただきたいと思います。その沈思黙考の中で、それぞれの歩むべき道がきっと見つかることでしょう。
同志社大学男女共同参画推進室室長 佐伯順子

文学部国文学科教授
(副学長 2017年4月~)
植木朝子

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