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Cross Talk 同志社創立150周年記念
『志』その先へ-卒業生・修了生対談-
ダイキンの国際化を牽引した自治自立の人

井上 礼之 氏
ダイキン工業株式会社 名誉会長兼グローバルグループ代表執行役員。同志社中学校・高等学校を経て、1957年に同志社大学経済学部を卒業。同年、現在のダイキン工業株式会社に入社。代表取締役社長、代表取締役会長兼CEO、取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員を歴任し、社長就任から約30年にわたってダイキン工業をリード。2011年4月から10年間にわたり同志社校友会 会長。
自治自立の精神が培われた同志社時代
- 小原
- 同志社大学では「『志』その先へ」というシリーズにおいて、ご活躍中の卒業生との対談を通じ、同志社大学の魅力をお伝えしています。今回はダイキン工業株式会社の名誉会長兼グローバルグループ代表執行役員、井上礼之さんをお迎えしました。井上さんは同志社中学校・高等学校を経て、1957年に同志社大学経済学部を卒業されました。同年、現在のダイキン工業株式会社に入社され、代表取締役社長、代表取締役会長兼CEO、取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員を歴任され、社長就任から約30年にわたってダイキン工業をリードしてこられました。2011年4月から10年間にわたり同志社校友会の会長も務められ、卒業生の一人としても本学に多大なご貢献を賜っています。まず井上さんは同志社大学在学中、どのような学生だったのでしょうか。また社会に出られてから、大学での学びはどのように生かされたのでしょうか。
- 井上
- 私は勉強しない学生でした。それよりも学校全体に流れる気風や雰囲気にずいぶん影響を受け、その後の人生に関係している感じがします。「霧の中を行けば、覚えざるに衣湿る」という言葉があります。同志社の創立者・新島襄の精神性が息づく自由闊達な雰囲気の中で、何ものにもとらわれない自由さや自主性などを、自然体で学んだ気がします。同志社には、学生に自己責任を徹底的に持たせるために、あえて自由を尊重するという姿勢がありましたね。
- 小原
- 自分の頭で考え、自分の足で立つことのできる「自治自立の人民」を養成したいと、新島は願っていました。「自由」となると、勝手気ままに振る舞う人も世の中にはいます。そうではなく、自由が与えられながら、同時にきちんと自らの責任を負う雰囲気が同志社にはあったのですね。その中で、のちに企業でのご活躍に繋がるようなチャレンジ精神も培っていかれたのでしょうか。
- 井上
- 学制が新制度になったときだったので、かつての一中、二中を目指していた人が同志社中学を多く受験しました。8倍の競争率を経て集まった同級生は背景もさまざまで、非常に個性的。彼らと大学までずっと一緒でしたので、多様な価値観や人間性の中で揉まれ、今日まで影響を受けていると思います。
改革の連続で「空調グローバル・ナンバー1」を達成
- 小原
- 経営者になられてからのご活躍について教えてください。
- 井上
- 社長になって30年、ほとんどの仕事が改革の連続でした。1994年の社長就任時、国内の空調は成熟市場でしたので、将来会社が大きく発展するには海外進出が必要でした。そこで目指したのが「空調グローバル・ナンバー1」です。最初は同意する者は一人もいなかったのですが、あれが私自身の最初で最大の意思決定だったと思います。
- 小原
- 国内で頑張ればいいと考えておられた方が、90年代にはまだ多かったのですね。
- 井上
- 国内でダイキンの業務用エアコンはトップシェアでしたが、家庭用ルームエアコンは6%ぐらいのシェアでした。だからグローバルトップになるという発想は、誰も持っていなかったですね。しかしあのスタートがなかったら、もっと成長は遅れていたと思います。結果的には2010年にグローバル・ナンバー1になり、現在は170カ国以上で事業展開をしています。一番思い出深いのは、社長就任後のヨーロッパ訪問です。当時ベルギーに子会社はありましたが、それ以外のヨーロッパ諸国では、各国を代表する代理店がダイキンの製品を売っていました。ダイキンの資本も人も入っていない上、各代理店とも自主性を持っておられますので、我が社の販売戦略と合わないんですね。しかし各地を訪問して、ヨーロッパに空調の夜明けが来ることを確信しましたので、思い切って借金し、数年かけて販売会社を買収しました。そこへダイキンの社員を送り出してヨーロッパに自前の販社網を構築したことが、グローバル・ナンバー1になる最大のきっかけでした。
- 小原
- 中国進出についてもお聞かせいただけますか。
- 井上
- 13億人を抱える国がそばにありながら、私の社長就任時、中国でダイキンのエアコンは1台も売られていませんでした。既に日本の有力家電メーカーが中国を重要市場として展開していましたので、そこへダイキンが空調だけで参入しても却って失敗するだろうと考えた結果、高級機に限り、空調メーカーだからこそできる良品を、少量でも確実に中国市場に浸透させることにしました。そして2008年には、珠海格力電器という中国の空調トップメーカーと業務提携を結びました。当社が一番誇りにしているインバータという技術を、あえて格力電器に提供し、一緒にインバータエアコンを中国、さらに世界に広めようとしたのです。コア技術をライバルに供与することに社内では強い反発がありましたが、その方がインバータエアコンの拡大スピードは速いと考えました。
- 小原
- 今で言うとオープンイノベーションに近い発想ですね。技術によって他社を破壊するのではなく、新たな市場を開拓していく。そこも一つの岐路だったのですね。
- 井上
- 中国市場が空調に対してハングリーだったこともあり、中国市場でインバータエアコンの比率が一気に拡大しました。その結果、中国で大きな省エネ効果を発揮するとともに、ハイエンド商品を中心とした中国空調事業が当社の事業成長をリードするという副次効果もありました。
- 小原
- 中国は人口も多いですから、省エネ空調を使うか否かで、電力消費量に大きな差が出ますね。その意味では非常に大きな貢献をされたと思います。地球全体の経済レベルや人々の生活をなお向上させるため、電力消費量がより少ない技術を提供していくのは、これからもダイキンの使命ではないかと思います。
- 井上
- 家庭の1年間の電力消費量の3分の1強は、エアコンによるものなんです。省エネ、省電力は我々の最大の使命です。

「人を基軸におく経営」と「人一人ハ大切ナリ」
- 小原
- 社員の方との向き合い方について、信念や信条を教えてください。
- 井上
- 私が一番大切にしてきたのは「人を基軸におく経営」です。人は無限の可能性を秘めたかけがえのない存在で、その一人ひとりの成長の総和が、会社全体の発展の基盤となります。例えば当社は非常にイベントの多い会社です。2万2000人が集まる盆踊り大会、鳥取で毎年行う5泊6日の新入社員合宿、財界のVIPが沖縄に集まる「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」。これらの行事を社員の手で作り、当社の企業文化や組織文化を育むとともに、実行を担う人材を育ててきました。それが当社の競争力の源になり、社員の帰属意識や定着性をも高めているのだと思います。
- 小原
- 実は先日、ダイキンの盆踊り大会に参加し、社員の方々が一体となって準備されていることを間近で感じました。その努力があってこそ、あれだけ多数の市民の方が盆踊り大会を毎年楽しんでおられるのですね。このように人を生かす企業文化が、市民に開かれた姿勢にも繋がっているのではと感じました。新島も「人一人ハ大切ナリ」という言葉を残しています。大学にいる私たちは、この言葉をどういう形で工夫できているのか。それを改めて自問自答するきっかけになりました。「人を基軸におく経営」の背景にある精神性は、どのようなものでしょうか。社員の方との向き合い方について、信念や信条を教えてください。
- 井上
- 思いやりの精神です。私は論語にある「恕(じょ)」という言葉が好きです。人の心を自分のことのように思いやるという意味です。本気で相手を思い、ときには心を鬼にした猛烈な厳しさも持つ。それこそが最大の優しさだと考えています。人は誰でも嬉しいときは喜び、悲しいときは泣きます。人を信頼することもあれば、不信感を持つこともある。成長したいと願う一方で、楽もしたい。そうした相反する気持ちは誰にでも共通してあります。それを知った上で人に接し、待つ、赦すという寛容さを持ち続けたいと思います。
- 小原
- 今の時代、国と国とが争って国境をなかなか越えられない現実があります。しかしグローバル企業には、国の論理を越えるような力があります。国ができないような事を企業が実践していけば、それが社会や国にとっての模範になるような気がします。
- 井上
- 共通する部分と人種によって違う部分を理解した上で、人間としてどう接していくのか。グローバル企業には非常に重要なテーマです。
- 小原
- その気持ちを社員全員が持てば、会社は一人ひとりにとっての居場所になり得ますし、企業にとっては持続可能性を実現できると思います。ただ、思いやりの姿勢を社員に伝えるのは簡単ではないと思います。何かご苦労はありますか。
- 井上
- 私が役員に言い、役員から部長・課長へと伝えていくのでは、思いが薄まります。それでも少しは効果があると思うのは、170カ国にある出先を我々が日本からコントロールするのではなく、社長や会長が現地へ行って要望や生の声を聞き、決める事があればその場で即決するということでしょうか。それを20年近く繰り返しています。我々が行くと、思った以上に喜んでくれます。
答えのないところに答えを出すのがトップの醍醐味
- 小原
- トップが語られた言葉は、おそらく現地の方の中にずっと残ると思います。そのように経営者として責任を負い、重大な決断をしてこられたことを振り返って、経営トップとしてのやりがいを教えてください。
- 井上
- トップは後ろに誰もいないので、自分一人で決めないといけません。だからこそ自由な発想ができるとも言えます。答えのないところに答えを出していく役割は大変ですが、そこにトップとして意思決定していくことの喜びを感じます。経営は考え過ぎたらだめです。どんどん意思決定して実行し、実行した方向性をその都度修正し、また実行するという柔構造で、走りながら考えることを私は大切にしています。社会構造が急速に変化する時代には、そういう姿勢が必要だと思います。
- 小原
- レベルは全然違いますが、私も似たようなタイプです。走りながら考えたり、道のないところに道を開いたり。そこには大きな責任があると同時に、やり遂げたときは喜びがあります。考え過ぎると誰しも神経質になって近くしか見えなくなりますので、トップが持つべきものは大局的な視点ですね。大局的に行動しつつ修正していくことは、組織運営にすごく大事です。
- 井上
- そこで失敗すると批判はされますが、それだけにトップには胆力や勇気が必要ですね。

自分の成功体験を否定できてこそ自己改革ができる
- 小原
- これからの社会には、どのような人物が求められますか。
- 井上
- それは私が聞きたい質問です(笑)。今は多様性の時代。そしてこれからは、デジタル革命やSDGs・ESG(環境・社会・ガバナンス)などに代表されるように、非連続な構造的変化の時代です。そこに求められる人物像は、4つあると思います。まず野性味、アニマルスピリット。修羅場を生き抜くタフさがあり、周囲に迎合や同調をせず、「出る杭」になれる人材ですね。そこには、多様な価値観を持つ人材を集めてチームワークを醸成するリーダーシップも必要です。2つ目は、解くべき問いを立て、幹となる大きな構想力や、潮流の変化を読む大局観を持つ人材です。3つ目は、正解のない事に答えを出す決断力を持つ人材。これだけ社会環境が変化する時代ですから、一歩を踏み出し、走りながら変化して柔軟に軌道修正していける人です。私自身、「6分4分の理」で6分の方が勝ると見れば、とにかく実行に踏み切りました。そして4つ目は、過去の成功体験を否定し、創造的破壊を生み出せる人材です。
- 小原
- アニマルスピリットは非常に大事ですね。井上さんはおそらくご自身の中にアニマルスピリットをお持ちだからこそ、ここまでダイキンを成長させられたのだと思います。大学でも、学生に勉強はしてほしいですが、小さくまとまったり、知識だけの人間になったりしてほしくはないのです。現状に安住せず大学の外に飛び出せば、多様な人に会い、自分の小ささに気づきます。そのとき初めて、違う世界を見ようと思うのです。
- 井上
- 成功体験の否定は自分の否定ですから、ものすごくしんどい。副社長や役員は、社長を否定できません。だから私は自分で自分を否定する勇気を持ち、決断を自分で行わないといけなかったわけです。
- 小原
- ちゃんと自己批判ができる方は自己改革ができますが、できない方は裸の王様みたいになっていきます。難しい課題だとは思いますが、当然トップに求められるものですし、トップの意思を実行しようとすると、他の方にも等しく求められるものですね。「6分4分の理」について、もう少しご説明いただけますか。
- 井上
- 時計の振り子みたいなものです。6分は過半数ですが、4分の方にも利がある。その4分を意識した上で、6分をどう具体的に展開するかという意識がなければ、その6分は生きません。なぜなら、4分の反対があるからです。世界には共産主義社会もあれば資本主義社会もある。技術展開が非常に遅れている地域もある。そこに6分4分で展開できる柔軟さや割り切りがあると、案外効果があると思います。
- 小原
- どちらも正解になりうるポテンシャルを持っているのだから、一方を取っても他方を忘れないように、どこかで葛藤するような思いを持ち続けるということですね。
- 井上
- そうですね。
研究成果の社会実装を意識した大学づくりを期待
- 小原
- 同志社大学への期待をお願いします。
- 井上
- どちらかといえば日本の大学は、基礎研究や理論武装を教える場だと思います。しかしこれからの時代は、基礎研究も合わせて社会実装までを視野に入れ、市場で成果を出すところに焦点を当てることも必要ではないでしょうか。そこを強みとして、日本をはじめすべての国々の産業に対し、同志社が他大学にないリーダーシップを発揮していける可能性は十分あると思います。例えば当社が提携している中国の清華大学は、もともと産業創出をミッションとして設立されました。今でも基礎研究での競争力と、産学連携による社会実装との両方で、世界トップレベルの運営をしています。もう一つ、我々民間に比べて大学の変革スピードは遅いです。それだけ深さはあるのでしょうけれども、やはり同志社らしい独自の全学的な取り組みを期待しますし、スピード感あふれる風土の醸成を願っています。
- 小原
- 非常にありがたいお言葉です。大学が大きくなると小回りが効かなくなったり、スピードが遅くなったりということはありました。しかしダイキンのような大企業でも、本当にスピード感のある改革をされたことを今日は学べました。企業ほどにはできなくても、大学もスピード感を持ち、今あるさまざまな知見の社会実装をぜひ目指したいです。
- 井上
- グローバル化への取り組みも期待します。少子化で人口が減っていく国内での生き残りではなく、世界に門戸を開き、理念に共感するあらゆる国の人材を集め、あらゆる国に研究成果を展開していく大学に進化していただけたらと思います。教育については、社会や企業で即戦力となる人材を生み出す仕組みが必要でしょう。偏差値では測れない人間力を蓄えた、真のイノベーションリーダーを育む教育が成功すれば、それは新島精神に非常に近いことだとも思います。また、もっと外部の有識者の知恵や異なる意見を入れるなど、異質なものを糾合することにより、多様性をさらに膨らませて大学を活性化させていただけたらと思います。
- 小原
- その点ではダイキンにもご協力いただいています。私の担当する大学院の科目「科学と良心」には、本学の大学院生だけでなく、インバータの技術者などダイキンの社員も来てくださっています。大学院生は、まさに異なる経験と知見を持った方々から企業の話を聞けます。ダイキンの方々も大学院生と触れることによって、ひょっとしたら新しいアイデアが得られるかもしれません。外部の意見を聞きながら学内の多様性を深めていくのは、これからの教育に大切なことですね。最後に在校生と、これから同志社大学を目指す高校生の方たちへメッセージをお願いします。
- 井上
- 夢や志を持つよう心がけていただきたいです。理論や理屈だけでは、人や組織は動きません。大きな夢や志を語り続け、「恕」の心で人を信じ、人を引っ張れるリーダーになってください。そういう人がたくさん育てば、まだまだ日本も豊かになっていけると感じます。新島襄の精神を育む同志社大学の皆さんが、社会に貢献し、社会変革をリードして大活躍してくれることを、心より期待しています。
- 小原
- 大学と企業との違いはあるとはいえ、今日はいろいろな共通点や学ぶべきものがあると感じました。今日お話しいただいたことを本学の今後のあり方に生かし、社会に貢献できる人材を続けて輩出できるよう努力していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。