以下、本文になります
世界の社会課題の解決を支援 〜多様な経験が育む人間力こそが必要
Cross Talk 『志』その先へ-卒業生・修了生対談-
ハジアリッチ秀子 氏
国連開発計画(UNDP)駐日代表。1992年3月に同志社大学文学部社会学科卒業後、フィリピン大学大学院国際研究(修士)、ハーバード大学ケネディ行政大学院(修士)を修了。アメリカの研究所やNGOでの勤務の後、2002年より国連開発計画(UNDP)のボスニア・ヘルツェゴビナ事務所、イラク事務所に勤務。ミレニアム開発目標達成支援に従事。2011年からはブータン常駐副代表、本部管理局長室でマネジメントアドバイザー、スーダン常駐副代表、クウェート常駐代表を歴任。2023年4月以降、クウェートにて国連常駐調整官として兼務後、2023年6月、UNDP駐日代表に着任。
自国による開発目標達成を支援するUNDP
- 小 原
- 本日は「『志』その先へ」のシリーズとして、ハジアリッチ秀子さんをお招きしました。ハジアリッチさんは本学文学部社会学科社会学専攻を卒業後、フィリピン大学大学院国際研究修士、ハーバード大学ケネディ行政大学院修士を修了。アメリカの研究所やNGOでの勤務の後、2002年より国連開発計画(※以下、UNDP)のボスニア・ヘルツェゴビナ事務所、イラク事務所に勤務し、本部開発政策局ではミレニアム開発目標達成支援に携わってこられました。2011年からはブータン常駐副代表、本部管理局長室でマネジメントアドバイザー、スーダン常駐副代表、クウェート常駐代表を歴任。23年4月以降、クウェートにて国連常駐調整官として兼務後、2023年6月、UNDP駐日代表に着任されました。このようなハジアリッチさんと対談しながら、本学150周年にふさわしいテーマについて深めてまいりたいと思います。まずUNDPについてご説明いただけますか。
- ハジアリッチ
- 国連で安全保障、人権、人道問題などを扱う中で、開発という柱をリードする機関がUNDPです。事務所は170カ国以上にあります。開発といってもインフラ整備などだけではなく、選挙支援や、人権のためのキャパシティビルディングなど、途上国の幅広い開発問題について寄り添い型の支援をしています。
- 小 原
- 開発支援の内容は国によって異なるのですね。
- ハジアリッチ
- はい。基本的には国の方から悩みや課題について支援の相談を受け、そこの政府や人々と相談しながら、例えば国家5カ年開発計画やSDGsの達成目標など、国の事情に合わせた支援をします。私たちはオーナーシップという言葉をよく使います。外から指示するのではなく、私たちが裏方で支え、自国の力で開発を進めていただくやり方です。
「開発」=「都会化」ではない
- 小 原
- ご自身が関わってこられた中で、具体例を挙げていただけますか。
- ハジアリッチ
- イラクにはイラク戦争で敷設された地雷がたくさんありました。地雷が農地、病院の周り、通学路にあったりすると、教育や保健というサービスを受けられなくなってしまう。そこで地元と一緒に計画を立て、限られたお金の中で優先順位をつけながら除去していきました。ブータンでは、国の5カ年開発計画を作るお手伝いをしました。ブータンから学んだ事はたくさんあります。例えばGross National Happiness(国民総幸福量、GNH)という考え方がありますね。GDPだけでは開発というものは測れない。どれだけ家族との時間を過ごしているか、コミュニティの行事に参加しているかなどトータルな面を見て人々の幸福度を測り、彼らなりの開発の定義としています。この幸福の指標という考え方は、南米諸国などでも開発に取り入れています。
- 小 原
- ブータンは「世界一幸せな国」として日本にも紹介されてきましたね。貧しいにもかかわらず、人々は幸福を感じておられる。一番の理由はどの辺にあったとお感じですか。
- ハジアリッチ
- 幸福だから開発問題がないわけではありませんが、輸出や産業がまだまだ発達していない中で素晴らしいと思った事があります。自然との共生に、豊かさを見出していく姿勢です。農業でも自然破壊はせず、自国の個性やアイデンティティをアピールしていくやり方です。例えばオーガニックの農作物を作り、値段は少し高くなっても、そのアイデンティティでマーケティングを行っていくのです。
- 小 原
- UNDPは「人間開発報告書」という冊子を発行していますね。
- ハジアリッチ
- Human Development Reportの日本語の要約で、1993年から毎年出しています。昨年は「行き詰まりの打開〜分極化する世界における協調とは〜」というテーマでした。今、分極化が非常にひどくなっています。SNSでも、人々、国家間でも分断化が進んでいるからこそ、多国間協調が大事であるというのが趣旨です。
- 小 原
- 時代の課題がコンパクトにまとめられていて、授業でも使えるぐらいの内容ですね。
- ハジアリッチ
- ぜひ使ってください。
- 小 原
- もう1冊、日経BPから『2022年特別報告書 人新世の脅威と人間の安全保障』という本が出ていますね。
- ハジアリッチ
- 「人間開発報告書」のフルバージョンの日本語化です。人類は自然界を滅ぼしてしまうかもしれない時代に到達した。逆に言えば、人間の努力によって自然と人間の共生は可能であるから、遅くならないうちに気候変動や生物多様性を守るために頑張ろうということですね。
- 小 原
- 時代を区分する「人新世」という言葉も、近年少しずつ使われるようになってきました。人間の諸活動が地球環境に非常にネガティブなインパクトを与えているという気付きは、開発に関しても大きな意味がありますね。
- ハジアリッチ
- そうですね。「開発」と言うと、わくわくするものがあります。小さいときはきっと、都会であるほど素晴らしいという間違った観念があった。でも、今はそうではないのかなと思うし、次世代に申し訳ないですよね。私たちが好きな事をやってきた結果、公害や気候変動が起こり、私たちが当たり前と思ってきた事が、次世代にはもう当たり前でなくなるかもしれません。
教室以外の学びも大きな糧に UNDPもそのような学生を支援
- 小 原
- ハジアリッチさんには、現在のご活躍に至るまでいろんな学びがあったと思います。同志社大学での学生生活を振り返っていただけますか。
- ハジアリッチ
- 静かな学生でした。社会学専攻でしたので、自由な校風の中で、すべての社会現象を当たり前と思わず分析して、常に問題提起することを学ぶ良い機会になりました。今の仕事の基盤にもなっています。卒論は政府開発援助、ODAについて。同じく社会学専攻の学生で、インドでホームレスのような生活をしつつ、そのレンズを通して卒論を書いた人もいました。いろんな所に自分を置いて考えてみる経験は、私たちの糧になったと思います。
- 小 原
- そこは確かに同志社らしいですね。教室での学び以外で記憶に残っている経験はありますか。
- ハジアリッチ
- 教授の方たちとはいろんな場でお話をさせていただいたり、卒業後もセーシェルにゴミ問題のお手伝いに行かせていただいたりと、環境問題を垣間見る機会をいただきました。
- 小 原
- 学生時代、将来は世界で頑張ってみたいというイメージはあったのですか。
- ハジアリッチ
- 何となくはありましたが、明確なキャリアプランは全然ありませんでした。でも、国際社会への問題意識はありました。今の学生さんは高校生の頃から国際社会への貢献などを既に意識されていて、素晴らしいですね。私はもっと、ぼうっとしていたように思います。少し昔だと、国際問題に関わりたいなら国連か公務員というイメージがあったのかもしれませんが、今だと社会課題解決型のスタートアップをしたいという高校生や大学生がおられます。キャリアが多様化しています。UNDPの日本事務所でもビジネスコンテストやメンタリングを行うなど、社会起業家育成という形で支援活動を行っています。
- 小 原
- そこが本学も力を入れていきたい部分です。現在はスタートアップやアントレプレナーというと、どうしてもサイエンスや技術寄りのものが多いですね。それだけではなく、もっと社会科学の力を用いて課題解決をしていく分野に、どんどん人が出ていってほしいと思います。
- ハジアリッチ
- 例えばメンタリングセッションでご一緒した高校2年生のケースでは、教育系アプリの開発というビジネスアイデアが動き出しています。学生は教えることによって吸収するものもありますから、受動的に学ぶだけでなく、ゲームを使って自分が教え、スコアを獲得していくアプリです。圧巻です。私の方が学んでいます。
- 小 原
- そのような高校生は意識が高いと感じますが、日本の若者はちゃんと国際社会を見ているでしょうか。
- ハジアリッチ
- 見ている方もいれば、そうでない方もいます。もちろんUNDPの事務所に来てくださる学生さんは、ある程度の興味をお持ちだからなのですが、私もうまく発信して、多くの方に興味を持っていただきたいと思っています。
- 小 原
- そういう学生さんは、インターンシップで来られるのですか。
- ハジアリッチ
- そうです。近くの方や、たまに地方からも来られます。すると住居費もかかるので、うちのインターンにはお給料が出ます。経済的に困っている学生さんも来られるような環境作りをしています。
失敗・挫折・寄り道も楽しもう 多様化・複雑化する世界には重層的な経験こそが必要
- 小 原
- この機会に同志社大学からも、関心を持った学生さんにUNDPへ行っていただきたいですね。若い人にはこれから、UNDPが向き合っているような世界の困難な諸課題に目を向けてほしいものです。ただ日本社会自体は非常に安全で、自分の快適な空間からなかなか出られない現実もある。しかし、そのままでは良くありません。むしろ国際社会でリーダーシップをとれるような、ハジアリッチさんみたいな方がどんどん出てきてほしいものです。これからを担う若い人へ贈る言葉はありますか。
- ハジアリッチ
- UNDPにはいろんな国籍の人がいて、バックグラウンドもバラエティに富んでいます。例えば日本なら、大学を優秀な成績で出て一流企業に入ってから国際機関に来る人もいますが、モデルは一つだけではありません。ジャングルジムのように寄り道してもいいんです。どんな業種でもすべてが経験になり、糧になり、強みになります。私は外務省のジュニア・プロフェッショナル・オフィサーという制度を利用しました。日本政府が経費を負担し、日本の若い人材を国際機関に、ジュニアレベルの職員として派遣する制度です。選考は日本人だけの競争なので、そんなに高倍率ではありません。その先は1つの空席を何百人が受験するわけですが、日本人の学生さんは真面目な方が多いので、失敗すると落ち込んでしまう。そこで私は言うんです。あなたがだめだったから落ちたのではなく、ひょっとしたら一番だった人がずば抜けて良かったのかもしれない。あるいは本当に僅差だったかもしれない。1、2回不合格になっても、失敗と思うより、勲章と思うぐらいの方がいいですよと。
- 小 原
- 心の持ち方は大事ですね。いろんな道があるので、ジャングルジムを楽しみながら登るような生き方ができれば、本当にいいと思います。日本社会は多様性という点では、海外と比べてまだ少し物足りないところがあります。その点では外に出て行くと、日本社会では経験できない事も経験できますね。
- ハジアリッチ
- きっかけは何でもいいんですよ。個人的な旅行もありだし、NGOに入ってアフリカを視察しにいく、学校を通して途上国に行ってみるとかだけで、考える貴重な機会になるのではないでしょうか。
- 小 原
- そうですね。私は学生時代、ドイツに留学しました。そこでの経験は、今の自分の人生観、人間観に影響を与えています。トルコ人と友だちになって自分の世界を広げるきっかけになったり、ヨーロッパだけでなくギリシャ、カイロ、シナイ半島を旅してイスラエルに入ったり。旅の途中でいろんな人と出会い、助けられ、自分自身の限界も見つめながら、世界が広がっていく経験をしました。それが今、私が国際社会の問題に目を向けるときの原体験になっています。若い皆さんにもそういう経験をしていただき、UNDPが関わっているような課題に、もっと関心を持ってほしいですね。
- ハジアリッチ
- そうですよね。政府のODAにしても、インパクトをさらに大きく持続可能にするためには、やはり民間からのブレンデッド・ファイナンスが必要になってきます。UNDPとしても多様なバックグラウンドを持つ方に来ていただきたいと、ひしひしと感じます。
「当たり前」を当たり前と思わず エンパシーで世界を結び新しい形での国際協力を推進したい
- 小 原
- さて本シリーズでは、志を大事な言葉として取り上げています。志を同じくする者が集まってできた同志社は、今年150周年を迎えようとしています。ハジアリッチさんご自身の内側には、どんな志がありますか。
- ハジアリッチ
- すごく大きなテーマですが、「心」が一番大事なのかなと。そこは忘れたくないです。
- 小 原
- 自分が忙しくても、ちゃんと守りたい信念、心構えみたいなものはありますか。
- ハジアリッチ
- 日本に久しぶりに戻ってきて1年半になりますが、日本は素晴らしいです。水、食べ物、住む所がある。戦争が起こるという危機感は、ここに住んでいる限りはない。でも、何でも当たり前と思わず、ありがたいと思うように心がけています。だからこそエンパシー、共感を持って、いろんな事が起こっている他国に少しでも貢献できるようにしたい。もちろん日本でも地方創生など、いろんな課題があります。そこは意識しつつ、広く日本の皆様と協力し合いながら、日本のためにもなる、新しい形での国際協力を進めていきたいです。
- 小 原
- エンパシーは一つのキーワードになりますね。我々とは違う社会には、我々の日常とはまったく違う生活をしている人たちがいるかもしれない。離れた人との間をつなぐエンパシーは、国際社会の課題を考える上ですごく大切だし、国内問題を考えるときにも大事です。それはハジアリッチさんにとって、志を構成する大切な要素になっていますか。
- ハジアリッチ
- 「共感できる」と言うと偽善者のようで、嘘になってしまいます。ただ本当にどういうものなのかを考えるのは、毎日の課題ですね。
- 小 原
- どの立場の人にとっても100%同じように感じることはできないけれども、どうせ分からないからと諦めるのもよくない。そこのためらいを越えていく勇気は必要ですよね。
- ハジアリッチ
- そうですね。今はインターネットなどいろんな媒体を通じて繋がっていくことが可能です。例えば今年は東京でアフリカ開発会議があります。日本政府などとUNDPとの共催で開催し、今年で9回目です。アフリカと日本の若者に対話をしていただき、彼らの政策提言を首脳級のリーダーシップに共有する仕組み作りなどをしています。昔なら難しかったかもしれませんが、今は日本にアフリカの若者は大勢おられますし、オンラインで繋がることもできます。
- 小 原
- 日本で普通に生活していると、テレビ番組でもニュースでも、アフリカの情報はあまり入ってきません。どうしても遠い世界になりがちだと思いますが、アフリカではスーダン、コンゴなどで今も大変な事が起こっています。やはり、まずは関心を持ってほしいと思いますね。
- ハジアリッチ
- アフリカ大陸は大きいし、多様性があります。紛争国もあれば、とても経済が伸びている国もある。いろんな個性があり、そして若者の多い大陸です。こちらが元気づけられることもあります。
オープンマインドで枠にはまらない倜儻不羈(てきとうふき)なる人物の育成を
- 小 原
- 世界に諸課題がある中、この時代を担っていく若い人たちにはどのような人物像が求められますか。
- ハジアリッチ
- オープンマインドな人ですね。繰り返しになりますが、ちょっとした失敗で自分自身を箱に入れてしまうことのないようにしてほしい。UNDPにはエリート志向と逆のところがありますので、面接では困難に遭ったときの対応やそこで得た教訓など、行動特性を深掘りする質問が多いです。
- 小 原
- その中で自分がどう変化し、成長したかが大事だということですね。国際社会に出ると、決まった通りに物事が進まないことの方がはるかに多い。どんどん変わる局面の中で、その先も判断しないといけないわけですから、まさにそういう行動特性が求められますね。
- ハジアリッチ
- むしろ、違った意見の人たちとの議論やグループワークが面白いというぐらいの方がいいですね。
- 小 原
- どこかに気楽さを持ちつつ、深刻な課題が目の前にあってもジョークを言えるような環境づくりができる。そういうオープンマインドが大切ですね。新島襄が遺言で大事な言葉を残しています。「倜儻不羈」、つまり枠や箱からはみ出すような意気盛んな学生がいたとしても、絶対に圧迫してはならないと。たぶん新島がそういう人間だったからなんです。彼は日本という箱から飛び出し、アメリカへ行った。当時で言えば本当に常識破りです。そういう新島襄のレガシー、伝統を同志社は引き継いでいるので、箱から飛び出して社会、そして世界に飛び出していける人がどんどん出てくればいいなと願います。
- ハジアリッチ
- 世界をご自身の目で見ていただきたいですね。今はソーシャルメディアなどにいろんな情報がありますが、中にはセンセーショナリズムではと思う情報もあります。一番いいのは国内でも近くの国でも、ご自身が行って、見ることです。
- 小 原
- 情報空間にとらわれることなく、外部に飛び出してリアルな生活なりをちゃんと自分の目で見るのは大事ですね。最後に、同志社大学への期待や在学生へのメッセージをお話しいただけますか。
- ハジアリッチ
- はい、ぜひとも国連開発計画に来てください(笑)。同志社は本当にのびのびした校風なので、思い切りエンジョイし、自分の興味のある事にどんどん好奇心を広げつつ、型にはまらないでください。
- 小 原
- 私が学生時代に今のお話を聞いていたら、たぶんUNDPに行ったと思います(笑)。それぐらい魅力的なお仕事をされてきたので、同志社の学生の中からUNDPに行ってくださる方が出てくることを、私も願っています。本日は本当にいろんなご経験、多種多様なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
関連情報 | 同志社大学公式YouTubeチャンネル 対談動画は上記リンクよりご覧ください。 |
---|