“D”iscover -Campus-


感情をうまく認識できず、表現できない。その悩みに、どう介入するか?
~同志社大学 若き研究者の挑戦~(上編)
感情をうまく認識できず、表現できない。その悩みに、どう介入するか?
~同志社大学 若き研究者の挑戦~(上編)
同志社大学は、多様化・複雑化を増す社会課題に挑戦し、新たな領域の開拓やグローバルな活躍を目指す若手研究者を支援すべく、「同志社大学大学院博士後期課程次世代研究者挑戦的研究プロジェクト(SPRING)※」を実施しています。支援の対象となるのは、自由で挑戦的・融合的な研究に意欲的に取り組む博士後期課程の学生。研究活動に専念して研究力の向上を図ることができる環境の整備やキャリアパスの確保に向け、多彩な支援を一体的に受けることができます。同プロジェクトの支援を受けながら研究に取り組む、心理学研究科心理学専攻博士後期課程2年次生の伊藤綾音さんに話を伺いました。
人とのつながりや日常生活の障壁となり得る失感情言語化症
人とのつながりや日常生活の障壁となり得る失感情言語化症
私が取り組むのは、「失感情(言語化)症に対する介入方法の検討」という研究課題です。英語ではアレキシサイミア(Alexithymia)と呼ばれる失感情言語化症は、どんな感情が自身のなかで起こっているのかを認識できないことが大きな特徴です。例えば不快な感情がわき上がっていたとしても、それが怒りなのか、不安なのか、悲しみなのかを区別することができず、なんとなくモヤモヤしたままになってしまいます。
自分で自分の感情を認識できないと、周囲の人に自分の感情を伝えることもできません。その結果、人と情緒的なつながりを作りにくいという課題も生まれます。また、外的な刺激にばかり影響され、自分の内面で起こっている変化に目が向きにくいという傾向もあります。これは、想像することが苦手という課題につながっています。
ちなみにアレキシサイミアは「失感情症」と訳されることもあります。しかし、決して感情が失われているわけではありません。感情は生まれているものの、それがどのような感情なのかを認識して言葉で表すことができないのです。ですから、「失感情言語化症」と訳す方がより正確だと言えます。
自分の感情をうまく認識できないと、対処もうまくできません。例えば、本来であれば悲しみとして認識されるべき感情への解決策として、むちゃ食いをしてしまうケースがあります。それですっきりしてしまうと、同じようなことを繰り返してしまう。結果として、摂食障害につながることもあります。仕事のストレスなども、本来であれば「ちょっとしんどいな。少し休もう」となります。しかし失感情言語化症の場合はストレスをストレスとして認識ができず、気がついたときには休職せざるを得ないほどのうつ症状に陥ってしまうことがあります。
失感情言語化症は、1970年頃に主に精神科領域で報告され始めた概念です。当初は性格的な特性であり、変えることのできないものだと考えられていました。しかし2000年代頃から、何らかのトリートメント(介入)によって症状の程度を抑えられると考えられるようになりました。どのような介入が効果的であるかはまだ模索段階であり、私自身も介入方法の研究を行っていることから、研究課題が「介入方法の検討」となっています。
これまでに研究された介入方法には、絵を描くことを用いたアートセラピーがあります。また、「今ここにいる自分をちゃんと見る」ということに軸足を置く「マインドフルネス」というセラピーもあります。
私が取り組むのは、「Acceptance and Commitment Therapy(ACT)」というセラピーによる介入です。ACTには「アクセプタンス」「マインドフルネス」「価値の明確化」などのいくつかのプロセスがあります。私はそのなかでも特に、「マインドフルネス」と「アクセプタンス」というプロセスを活用した介入を行っています。実験は、2025年夏から約5カ月間にわたって、失感情言語化症の程度が比較的高い学部生を対象にして行いました。
私たちは、「体験の回避」といって、不安や苦痛を感じる特定の状況や感情、思考を避けようと行動する心理的な傾向があります。体験を回避すると一時的に楽になるものの、長期的に見ると活動範囲を狭めたり、問題を悪化させたりすることがわかっています。これを失感情言語化症に当てはめると、何らかの不快な感情に触れたとき、それらを避けるためわざと名前をつけない、あるいはそれがどんな感情かを深く考えることをしない、ということになります。これは「不快な感情を認識しないので楽」なため、短期的にはその人にとって良い結果なのですが、次第に感情の認識が難しくなる、つまり長期的に見ると失感情言語化症を助長しているというネガティブな結果につながります。
「体験の回避」は、「アクセプタンス」というプロセスと表裏の関係にあります。今回「アクセプタンス」のプロセスにおいては、参加者が避けてきたであろう感情の名前をあえて一緒に探して、そのままその感情と一緒に過ごしてみる、ということをしました。
ACTはその名の通り、アクションする、すなわち体験するセラピーです。「感情と一緒に過ごしてみる」というのもそうですが、私が行った実験ではほかに、学生と一緒にグミを食べたりもしました。まずはグミを手に取ってもらい、肌触りや色合い、形状などをつぶさに観察してもらいます。口に入れてからは舌触りや味を感じてもらうことに加えて、唾液がどこから出てきているかも感じ取ってもらいました。一見するとただの「グミを食べる」という行為に思えますが、「今、自分の身体で起きている感覚に注目する」ためにはうってつけの導入です。このようなエクササイズを入り口として、その後いくつかのステップを経て感情の“タネ”に気づくことができるようになり、さらに感情を言葉で表現できるようになります。実験では約半数の学生に症状の改善が見られました。これは少人数で行った実験としては、まずまず良好な結果だったと言えます。つまり、失感情言語化症への介入方法として、ACTは有効だと言えそうなのです。