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History of DOSHISHA #8 〜150年の歴史をたどる〜
「温故知新」。未来への挑戦の指針を学びとるべく、積み重ねてきた歴史をたどる。同志社は新島襄を中心に、幾多の困難を乗り越え、志を同じくする人々の祈りの中から誕生しました。「150年の歴史をたどる」第8回は、『Doshisha College Song』をはじめとする、学生たちの心を一つに結んできた「同志社のうた」を紹介します。
特別ムービー
歌う同志社
150年のアンセム
ヴォーリズの直筆サインが入った『Doshisha College Song』の譜面
ウィリアム・メレル・ヴォーリズをご存じですか? 滋賀県立商業学校(現・八幡商業高等学校)の英語教師として赴任するために、1905年2月2日にアメリカからやって来た弱冠24歳の青年。若くて気さくな彼は多大な人気を集め、バイブルクラスを開いて伝道活動に注力します。
着任した10日後、彼は、同志社を訪れています。「日本に関する私の知識と申せば同志社とJoseph Hardy Neesimaとだけでした」(『同志社ソングと作詞事情』1957年・ヴォーリズ談・同志社社史資料センター)というヴォーリズを、同志社の教師や生徒・学生たちは、志を同じくする者として歓待したことでしょう。
『同志社ソングと作詞事情』には、「One purpose」に込めた想いが綴られている。1番と4番を歌う伝統は、ヴォーリズの「世界同胞のために」という願いに由来
その2年後、英語教師の職を解かれながらも近江八幡の地に留まって伝道を続けることを決意したヴォーリズに、同志社は校歌の作詞を依頼します。それが、1908年に完成し、今日まで歌い継がれる『Doshisha College Song』、「One purpose」で始まるあの歌です。
その後も同志社ではさまざまな歌が作られていきます。創立60周年の1935年には、作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰という稀代のヒットメーカーによって『同志社大学歌』が、校友の湯浅半月作詞、大中寅二作曲の『同志社校歌』が、それぞれ誕生しました。さらに創立80周年時には『同志社讃歌』が、90周年時には『集え若人』が、100周年時には『祝歌』が作成され、発表されています。同志社中学・高校、同志社女子中学・高校の音楽教材にもなっている『同志社歌集』(同志社歌集編集委員会)を繙(ひもと)くと、これらの歌に加え、応援歌や部歌、寮歌など数十曲が採譜されていて、同志社がいかに音楽に満ちた学園であるかが分かります。
壇上に立つのは指揮のクラップ先生
自ら栄光館で学生に歌唱指導
同志社グリークラブ60周年記念誌より
かつては入学式でCDやカセットテープ、ソノシートなどが配布され、スポーツの応援や合宿、公式・非公式を問わず学生や卒業生の集いなど、さまざまなシーンに「歌う同志社」の姿がありました。1970年代、学生運動の高揚の中で同志社のキャンパスにもバリケードが築かれます。そこは『インターナショナル』か『ワルシャワ労働歌』が歌われる場面なのですが、うっかり「One purpose〜」と歌い始める学生がいて、なぜか違和感なく響いた、ということがあったそうです。団結して闘おうとする者たちの志と平仄(ひょうそく)があっていた、ということなのでしょうか。
そして、創立150周年。オリジナル賛美歌『主の道を行こう』(作詞:堀之内涼〈同志社大学商学部2年次生=当時=〉・作曲:成田和子〈同志社女子大学学芸学部音楽学科特任教授〉)が生まれました。歌い継がれるもの、新しく響き始めるもの。同志社の歴史を彩る数々のアンセムは、今はYouTubeなどでも聴くことができます。
学校法人同志社創立150周年を記念して生まれた同志社オリジナル賛美歌『主の道を行こう』はこちらより視聴いただけます。
『Doshisha College Song』の歌詞について、同志社女子大学 児玉実英名誉教授が解説していますので、こちらよりぜひご参照ください。