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金融教育のいまとこれから
―俯瞰的な投資家視点を身に付け、ビジネスの「かんどころ」を養う(上編)
金融教育のいまとこれから
―俯瞰的な投資家視点を身に付け、ビジネスの「かんどころ」を養う(上編)
雇用や年金をはじめとした、これまでの「安定」を支えてきた制度の先行きが不透明さを増すなか、自己責任で資産を形成する必要性が高まっています。そこで注目されているのが金融リテラシーであり、それを養う金融教育です。2022年度からは高校の家庭科などの科目で金融教育が行われるようになったほか、小中学校の段階でもお金について学ぶ機会が設けられるようになってきました。
金融経済教育を研究テーマの1つとし、ゼミでは実践的な金融教育を展開している政策学部政策学科の足立光生教授に、金融教育の現状と今後の展望、ゼミでの取り組みなどについてお話を伺いました。
投資は個人の資産形成だけでなく、より良い社会の実現につながっている
投資は個人の資産形成だけでなく、より良い社会の実現につながっている
近年耳にすることの多い「金融リテラシー」という言葉ですが、その意味するものをお教えください。
金融リテラシーの定義は人によって異なり、目指すべき内容も人によって異なります。金融リテラシーに関して私なりの解釈をすれば、「世の中のお金の流れを適切に判断すると同時に、日々の生活を送るなかでどのようにお金を管理していくかを判断できる力」と考えています。狭義には、いま目の前にある「お金」を、何に、どのように投資していけば有効に活用できるかを判断する能力と考えていただければ結構です。一方で広義には、どのように証券市場で注文をおこなうかといった初歩的な知識から、暗号資産やそれを動かしているブロックチェーン、あるいは、デリバティブやその背景となっている金融工学の知識といった複雑な運用能力に至るまで様々であると考えます。
金融リテラシーと投資はどのように結びつくのですか。
新NISAの導入に伴い、個人でも投資に関心を持つ人が増えてきました。そこで現在では「まずは証券口座を開いて投資を始めてみよう」という雰囲気に後押しされるなかで、初歩的な金融リテラシーが求められるようになっています。さらに一歩進んで経済全般、ビジネスに関する知識や勘所を身に付けながら、これから成長しようとする企業を自身で判断する人が増えていけば、投資はますます盛んになっていくでしょう。金融リテラシーを養うことが、企業の成長や経済の発展を後押しするという側面もあるのです。
投資の重要性についてお教えください。
最初に、投資という行為を個人レベルで考えると、預貯金のほかに多種多様な資産形成の選択肢を持つことは、個人のより良い生活設計につながっていきます。ただし、それだけではなく、投資は社会レベルで考えても重要です。例えば、ある企業が新しいアイデアを持ってビジネスを展開しようとする場合、そのアイデアが本当にビジネスとして成功するかどうかについては、誰かひとりで判断できるものではありませんし、判断すべきものでもありません。より多くの人々が判断することが必要です。そして、将来性があると判断されれば投資を受けることが可能ですし、将来性がないと判断されれば、投資を受けることはできません。多くの人が投資家として参加する市場で「良いもの」と「そうでないもの」が峻別されていく過程を通じて、より良い社会が築かれていくことになります。
投資教育には「投資をする教育」に加えて「投資を受ける教育」も必要
投資教育には「投資をする教育」に加えて「投資を受ける教育」も必要
金融教育のこれまでの足取り、現状をお教えください。
一般的に、わが国において金融教育は、これまで遅々として進んでこなかったように言われています。しかし、意外に思われるかもしれませんが、金融教育はこれまでもわが国でも水面下で取り組まれてきたことも事実です。たとえば高校などの学校においても、志のある先生が率先的に投資教育を行ったり、専門家を呼んできて講義をしてもらったり、あるいは様々なコンテストへ参加したりと、実は多彩な取り組みが行われてきました。ただし、残念なことに、散発的に得られる知識は往々にして「断片的」になりがちであり、なかなか「体系的」な知識とはなりません。そのため、「金融リテラシーを身に付けている」という自信には、残念ながらつながってこなかったことが実情です。そのような意味で、2022年4月に高校で金融教育が本格的に始まったことから、「体系的」な金融教育の展開が期待されます。
現在行われている主な金融教育の課題をお教えください。
近年になってわが国で金融教育が学校をはじめ、様々な機関によって活発に展開されていることを個人的には高く評価しています。ただし、こうした潮流に課題がないとは言えません。金融リテラシーには、基礎編と応用編とがありますが、世の中で展開されている金融教育の大半は、基礎編の解説でぐるぐる回っており、そこから応用編へと発展していっていない気がします。応用編の金融リテラシーとしては様々なものがありますが、一例として挙げられるのが、先ほど述べたデリバティブに関するものです。デリバティブは金融工学という数理的な学問を背景としているため、一般的には難しいものというイメージが先行しがちですが、それでも市場を正確に理解するためには一程度の知識が必要となります。
足立先生が実践している金融教育の取り組み例をお教えください。
初歩的なものについては、これまで様々に取り組んできました。大学ですので、まだ社会に出ていない学生さんにさすがに実際の投資を促すことはできません。そこでお薦めは、実際にはお金を使わない「模擬」投資をしてもらうことです。「模擬」を通じて、投資を主体的に考えることは、「自身がどのように投資に向き合うか」について、各自それぞれが考えていくトレーニングとなります。「相場は自分を映す鏡」であり、相場に対峙すると自分の性格が見えてきます。相場への向き合い方は人それぞれであり、自分らしい向き合い方を早期に発見することが必要と考えます。また、私が政策学部で担当している講義では、株式市場やスタートアップ企業について解説していき、最終的には、「現在必要とされている政策とは何か」について受講生に考えてもらうことを目指します。こうした政策を考える際にも、先ほど述べたデリバティブは重要な役割を果たすこともあり、デリバティブ関連の解説には相応の時間を割いています。
足立先生が思い描く金融教育の今後の姿、あるべき姿をお教えください。
ここでは、金融教育のなかでもとりわけ投資教育のあるべき姿についてお話してみたいと思います。私は大学を卒業した後、大学院にすぐに進学したわけではなく、外資系の金融機関で市場と向き合う仕事をしていました。ここで体験した現場の感覚を、実際に今の教育に活かしているところがあります。そうした私の持論として、投資教育は「投資をする教育」と「投資を受ける教育」の両方が必要と考えています。それについては普段、大学の講義でも「投資をする教育」がおなかの部分、「投資を受ける教育」は背中の部分であって、その2つを合わせたものが「投資教育」といった解説をしています。では後者の「投資を受ける教育」が何かといえば、投資家が資金提供してもよいと考える会社を構想してみる、すなわち「起業の模擬」を行うものと考えてください。実際に起業するのではなく、頭の中で起業してみることです。具体的には、例えば学生さんがビジネスコンテストにチャレンジすることをイメージしていただければよいかと思います。2021年に私が執筆した『先輩!ビジネスセンスの磨き方を教えてください!起業からイメージする金融経済教育』(中央経済社)でも主張していますが、こうした「起業の模擬」は、会社の業務全体をランスルーすることが可能となり、俯瞰的に「投資家を意識する」力が身に付くため、企業に就職してビジネスパースンとして働く際にも修得しておく必要があると思います。
企業に就職する際にも「起業の模擬」が必要となるのは、なぜでしょうか。
いろいろな理由がありますが、たとえば2つ挙げてみます。第1に、起業の模擬は、企業の中でも比較的規模の小さな企業を創る事を想定しています。ただし、こうした小さな企業でも、これから学生さんが就職しようとしている企業がかりに大企業であっても、どちらも企業であることは同じです。そこで、起業して投資家から投資を受けようとする模擬は、「企業の本質」を見抜く力につながり、就職活動で企業選びをするときにも有効な視点となります。第2に、実際に企業に就職して働く際にも、自分に与えられたお仕事が、どのように企業全体の中で役割や意義を持っているかについて、常に会社全体から確認する習慣が身に付きます。収支の計画はどうなっているのか、生産や流通の体制は整っているのか、人員は不足していないのかなど、様々な角度からその会社を評価する投資家の視点や思考を理解することは、必然的に会社の多様な側面に目を凝らすことになり、お仕事の向き合い方を豊かにします。このように「起業の模擬」は今後のキャリア形成に大きな力となります。