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AIの活用で建築業界の業務を革新 ~産学連携で開発した壁紙識別アプリ「かべぴた」~(前編)
AI(人工知能)の進化と社会への浸透が加速を続けている。企業や自治体なども積極的に業務に取り入れ、働き方改革や仕事の質の向上に活かそうという動きが進んでいる。そんななか、同志社大学はインテリアや内装資材などの販売・卸を行うコマツ株式会社(東大阪市)と連携し、AIを用いた壁紙識別アプリ「かべぴた」を開発した。同アプリが誕生した経緯や建築業界にもたらした影響、さらにはAIと私たちとの今後の付き合い方について、アプリ開発に携わった理工学部知的機構研究室の奥田正浩教授に話を伺った。

AIには特有の癖がある

私が長年取り組んでいる研究は機械学習やデータサイエンスです。様々な信号やデータから有益な情報を取り出したり、ノイズに埋もれた信号から真の情報を推定したりする技術の研究です。これがAIの基礎的な研究とつながっています。
AIを用いた画像認識は、自動運転における障害物認識や、ものづくりにおける不良品の検出などに代表されるように、近年では様々な場面で活用されるようになっています。では、AIはどうやって画像からモノを認識し、判断しているのでしょう。それは人間と同じ仕組みでしょうか? あるいは、異なるのでしょうか? それが私の研究テーマの一つです。
私たち人間は、例えば犬を認識する場合は大まかな輪郭を主な手がかりにして「これは犬だ」と判断すると思います。それに対してAIは、テクスチャと呼ばれる細かい模様を重要な判断材料として犬を認識する傾向にあります。このような人間とAIの違いを理解することは、より人間に近い認識能力をAIに持たせるための基礎的な知見となります。AI特有の癖、別の言い方をするなら「AIの中身」を理解することは、AI技術を今以上に発展させて産業界などで活用するための重要な取り組みだと言えます。
近年、AIの中身を知ることの重要性は非常に高まっています。例えばAIによる画像解析技術は医療現場でも用いられ、がんの発見などに役立てられています。言ってみれば、AIが「あなたはがんです」と診断してくれるのです。しかし、「AIが診断しました」というだけで患者は納得できるでしょうか。「AIは◯◯な点に注目しています。その結果、◯◯な特徴を見つけたので、がんであると判断しました」といったように、AIの思考プロセスを開示することによって、患者は納得できるはずです。AIの癖を理解し、思考の過程をきちんと説明できることが、AIが出した答えの説得力を高めてくれるのです。
これは、AIが浸透する現代において非常に重要なテーマだと言えます。
アプリで壁紙を読み取り、メーカーと品番を特定
前述のとおり、AIは模様で対象物を認識するという性質を持っています。これを応用したのが、企業と連携して開発した壁紙識別AIアプリ「かべぴた」です。
住宅をはじめとした建物のリフォームをしたり新築したりする際、施主から建築会社に対して、「今使っている壁紙と同じものを使いたい」という要望がしばしば寄せられます。クロスとも呼ばれる壁紙は微妙な色の違いや凹凸による柄の違い、そしてメーカーの違いなどによって膨大な種類が存在します。そのなかから「今使っているもの」を特定するのは至難の業です。ベテランの職人がずっしりと重いサンプル帳を何冊も抱えて現場に赴き、現物と見比べながら特定するという作業を行っていました。当然、手間がかかりますし、職人の技量に左右されることも多いです。

この課題をAIによる画像解析技術で解決するのが「かべぴた」です。企業から最初に相談があったのは2020年の春。実はこのときはお断りしました。壁紙の見本を入手してAIでテストしたところ、あまりに難しいことがわかったからです。しかし気になるテーマだったこともあり、研究室内で独自に別の認識方法を模索していました。そして簡易的な実験を行ったところ、「この方法であれば可能性があるかもしれない」という手応えを得たのが2020年の秋。改めて企業に連絡し、開発にチャレンジすることを伝えました。
新しい方法というのは、AIのシステムそのものではなくデータの取り方に工夫を施すものでした。壁紙は表面の凹凸で柄を作り出していることが多く,凹凸は光の当たり方によって見え方も変わります。リビングルームで用いるような白っぽい光を当てたときと、居酒屋のようなオレンジ色系の光を当てたときでも見え方が変わります。これらの条件を踏まえ、どのような条件で撮影した画像であっても,それを同じものと認識出来るデータの取り方を模索しました。撮影してはAIに学習させるという地道な作業の繰り返しでしたが、このプロセスこそが「かべぴた」を誕生させました。

「かべぴた」のリリースを発表したのは2023年12月。国内の主要壁紙メーカー6社から販売されている、普及品(量産クロス)と呼ばれる約600種の壁紙を判別することができます。アプリを搭載したスマートフォンで壁紙を撮影して読み込ませると、最も近いと考えられる上位五つのメーカー名・品番・掲載カタログを表示してくれます。正しい判定結果を最上位に表示する確率は90%程度、上位五つの中に正解が含まれる確率は約95%という識別精度を持ちます。アプリのダウンロードは2024年1月末から始まり、2024年8月時点で約12,000のダウンロードがありました。また、2024年10月に「かべぴた」がグッドデザイン賞を受賞しました。
建築業界からの評価も上々です。アプリのリリース以降、壁紙メーカーに対する「この壁紙の品番を教えてください」という問い合わせが減ったという声が届いています。建築会社や壁紙販売会社を主なユーザーとして想定していたアプリですが、地主さんや大家さんといった、施主さんたちの間でも話題になっていると聞いています。