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AIの活用で建築業界の業務を革新~産学連携で開発した壁紙識別アプリ「かべぴた」~(後編)


2024年10月24日 更新
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産学連携は学生の研究意欲や起業家マインドを刺激する

私の前任校である北九州市立大学は、産業の集積地に立地する公立大学という性格もあり、産学連携による技術や知見の地元への還元が大きな使命でした。私自身も様々な産学連携プロジェクトに携わりました。その経験から言うと、今回のアプリ開発は学生に非常に大きなメリットをもたらしたプロジェクトでした。

分野や内容にもよりますが、大学での研究は比較的に基礎的なものが多いです。そのため学生は、取り組んでいる研究と実社会とのつながりを見出せず、モチベーションを失ってしまうこともあります。それに対して今回のプロジェクトでは、建築業界の困り事を解決するという社会とのつながりを強く感じながら研究に取り組むことができました。地道な作業を粘り強く積み重ねてくれたのには、こういった背景もあったように思います。

研究が企業のビジネスに結びつくことや、業界の革新につながることを肌で感じた学生たちは、チャレンジ精神や起業家マインドが刺激されたようです。このプロジェクト以降、学外のコンペや学内の起業イベントに参加する学生が増えました。

壁紙以外の建築資材や農業へも応用を

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「かべぴた」の開発を通して得たのは、素材(テクスチャ)に特化したデータの集め方に関する知見です。輪郭に頼らず、凹凸などのテクスチャ情報を基にしてここまでの精度で識別できるAIは、これまでにないものです。この技術を、類似する分野に広げていくことが今後の目標です。例えば建築資材という分野では、床材の特定にすぐにでも応用できます。木材、石材、革、布など、「テクスチャ情報を識別する」という軸で考えると、さらに分野は広がっていきます。

農業への応用も検討しています。例えば、葉の表面に現れた模様などを識別することで、発育状況や病気の兆候を判断するのです。

画像解析という枠を超えて広くAIという視点で考えるなら、AIを今以上に人間に近づけたいという目標があります。現在のAIは、客観的に言語化できるものを認識する能力は高く、人間の認識精度を超える場合もあります。画像を見て「これは犬だ。これは猫だ」と判断する能力がその代表例です。しかし、「何だか落ち着くな」「なんとなくワクワクするな」といった、主観的で言語化しにくい雰囲気や感情はまだ備えていません。これをAIに持たせたいのです。私はロックギタリストのジミ・ヘンドリックス(ジミヘン)が大好きです。AIが音楽を聞き、曲の雰囲気やアドリブの創造性などを感じて「この曲はジミヘンが好きなあなたにはぴったりな曲ですよ」とおすすめしてくれるような機能を実現したいのです。現在は「タグ付け」などの仕組みで同様のことを行っていますが、そういうものに頼ることなく、情調や雰囲気、その裏にある思考や感受性をもとにして識別や判断ができるAIの開発にチャレンジしたいです。

AIの研究には、高度な処理能力を持ったコンピューターが欠かせません。資金や設備が研究の重要な要素になるこの分野において、同志社大学は非常に恵まれた環境だと感じています。充実した設備や産学連携を後押しする仕組みがあったからこそ、「かべぴた」も誕生しました。AIやデータサイエンス技術を用いたイノベーティブな技術開発には、分野の壁を取り払って融合していくことが不可欠です。同志社大学では、データサイエンスに関して文理横断の学びを強化する方向に進んでいます。これもまた、私たちAIの研究者にはありがたいことだと感じています。

生成AIを使いこなすことが必須の時代が間もなく訪れる

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AIを研究テーマにしていることもあって、AIと私たち自身の付き合い方には非常に興味があります。大学教員としては、生成AIと教育の関係というのは特に気になるところです。教育に生成AIを利用すべきか否かは、大きな議論の的になっています。

現在の技術であれば、課題のレポートを生成AIで書くことはたやすいです。しかしこれでは、考える力も文章にまとめる力も養われません。教育現場においては、何らかの制限を設ける必要があるでしょう。

一方で、企業や自治体では業務効率化のツールとして、生成AIを積極的に活用しようという動きも進んでいます。私は、生成AIの普及は、自動車の普及に似ていると考えています。自動車が普及することで新しい交通ルールが整備され、今では誰もが自動車を利用しています。現在の生成AIは、著作権侵害、フェイク情報、プライバシー侵害など多くの問題を抱えておりますが、自動車と同じように生成AIも、今後の普及にともなってルールが整備されていくはずです。今の時代に自動車の利用を否定する人がいないように、少し先の未来では生成AIの利用を否定する人はいなくなるでしょう。むしろ、生成AIを使えないようでは仕事ができない、世の中についていけないという時代になるように思います。

ある調査では、アメリカや中国では40%の学生がChatGPTを利用していると報告されています。ところが日本の学生はわずか9%でした。この結果に私は危機感を覚えました。繰り返しになりますが、生成AIにレポートを書かせようというのではありません。教育への活用については議論が必要です。しかし、「使わない」「使えない」ようでは通用しなくなる時代が迫っています。そのことを忘れてはいけません。

知識を習得するだけでなく、「知識を使う」訓練が重要に

生成AIの誕生は私たちの働き方にパラダイムシフトをもたらしています。圧倒的に豊富な情報から適切なものを瞬時に選び出して適切な形にしてくれる生成AIを前にしては、「知識だけを持っている」ことが意味をなさない時代になったのです。そのような時代において私たち人間は、「知識を使って新しいものをつくる、新しいものを提案する」ことを大切にしなければいけません。これは人間が得意とする作業です。すでに海外では、AIにできることはAIに任せてしまい、人間にしかできないことを人間が担当するという役割分担が始まっています。「知識を使って新しいものをつくる、新しいものを提案する」ことは、まさに人間がAIに対して優位に立てることです。

このような時代において私たちは、知識をインプットするだけでなく、インプットした知識を「どのように使うか」という訓練をしておく必要があります。より多く、より正確にインプットすることにかけてはAIにかないません。これからの時代を生きていく若い世代の方は、「インプットした知識を使って何かをする」ということを意識し、できるだけ多くの経験を積んでおいて欲しいと思います。

奥田 正浩

同志社大学理工学部インテリジェント情報工学科教授。工学博士。主な研究内容は高精細画像AI、高次元データの知識抽出、時空間/グラフ×データサイエンス。米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員、米国カーネギーメロン大学客員研究員、北九州市立大学国際環境工学部情報メディア工学科教授などを経て2020年より現職。