先輩たちの「志」

ガンバ大阪監督 宮本 恒靖

文学部 国文学科 2009年度卒業生 
能楽金剛流若宗家 金剛 龍謹

現代に生きる古典のかたちを
受け継ぎ、模索し、手わたしていく

 能の演目の多くは古典文学を典拠としており、古典文学の理解を深めるべく、同志社大学文学部国文学科に入学。幅広い古典に触れ、言葉の意味を深く理解することで、各演目の深みを感じるようになりました。レポートや卒業論文で鍛えた文章力も、さまざまな媒体で情報発信する立場となった今、大いに役立っています。5歳で初舞台を舞い、物心がつく前から稽古の日々を送ってきました。能の世界は一にも二にも稽古。10代、20代の伸び盛りにどれだけ体に叩き込めるかが勝負です。学業との両立には苦労しましたが、大学での4年間があったからこそ、能が一層面白くなりました。
 卒業後は自身の会を立ち上げるなど、精力的な活動を通して日々経験を積んでいます。能や謡を嗜む人が減り、観客も高齢化する中、より多くの人々、特に若い世代への能楽の普及は大きな課題となっています。より効果的な普及方法を模索しつつ、他分野との連携や新作能、また海外公演、全国の小・中学校での巡回公演など、幅広い活動に取り組んでいます。
 他の芸能や世相の影響を受け、代々の演者が工夫を凝らしながら今につながっている、その練り上げられてきた歴史が伝統芸能の凄みです。能も650年間変わり続けてきましたが、いつの時代でも「人間の心」を表現するという点は変わっていません。能の演目には喜怒哀楽や四季の移ろいなど、人間の本質や普遍的なものごとが描かれています。子を失った親の悲嘆を描く『隅田川』が、自分が親となって初めて腹に落ちたように、人生経験に応じて受け止め方や見方が異なるのが能。最初は難しく感じても観るごとに感動が深まります。
 能の基礎的な知識、技術の習得に努めてきた20代を経て、これからは自分の能の形を模索していく時期に入りますが、その道のりは長く、能の修行に終わりはありません。また、若宗家として父や先生方から受け継いできた技術、日々の研鑽の大切さを幼い息子たちや後進に伝えるとともに、時代が変化していく中で将来にわたって伝統をつないでいくための確固たる基盤づくりにも取り組んでいく必要があります。先達がそうであったように、能楽師として一生研鑽を重ねていきたいと思います。
こんごう たつのり/京都に本拠を置くシテ方金剛流二十六世宗家、金剛永謹の長男に生まれる。5歳で仕舞「猩々」にて初舞台。2006年、同志社大学文学部国文学科入学。2012年に自らの会「龍門之会」を立ち上げ、宝生流との合同演能会などを主催。国内のみならず海外各地の公演にも出演し、伝統芸能の次代の担い手として将来を嘱望されている。
グローバル・コミュニケーション学部  グローバル・コミュニケーション学科 英語コース 3年次生  小野 未雅

グローバル・コミュニケーション学部
グローバル・コミュニケーション学科
英語コース 3年次生 小野 未雅

世界に飛び出し、
京都の地で学び得た私にとっての
「日本人らしさと国際人らしさ」

 高校2年生の時に1年間留学したオランダで、さまざまな国から来ている友人たちに日本について聞かれても何も答えられなかった。そんな不甲斐ない自分を真の国際人へ成長させるため、同志社大学、その中でもグローバル・コミュニケーション学部を選びました。先人たちが培ってきた日本の歴史や文化の学習を通じ「日本人らしさ」を追求しつつ、世界の人々と関わる際のマナーや必要な英語運用能力を身につけることができると考えたからです。
 入学後は、柔道部の活動や老舗旅館でのアルバイトで、配慮、責任、礼儀正しさなど、日本人の精神的文化に触れました。大学2年次には、1年間のStudy Abroadでオーストラリアへ。海外生活を通して、「グローバル人材とは外国人と共生できるだけでなく、一人ひとりいかに違うかを理解して受け入れることができる人物」だと気付かされました。帰国後、クリエイティブ・ジャパン科目を受講して、日本文化の新しい可能性を芸能や伝統産業などから発見。大学3年間の学びにより、日本人が厳しい自然と共生する中で身につけてきた「和」を大切にする心は、「日本人らしさ」を表すさまざまな要素の中でも重要なものであり、現代に生きる私たちにも受け継がれているものであると考えるようになりました。
 今後の目標は、日本を元気にすること。自分自身が「和」を大切にするグローバル人材となって、世界中の人たちに「日本人っていいな」と思ってもらえるようになりたい。そんな志を抱いています。
神学部 神学科 3年次生  赤松 裕太

神学部 神学科 3年次生
赤松 裕太

表象に隠された真のストーリー
世の中の見方が、ここで変わった

 高校時代は理系選択でしたが、まったく新しい学問に挑戦しようと神学部へ。ものごとの理屈を解明する理系分野とは真逆の学問に触れています。
 入学当初は学部科目以外にも他学部科目の履修、さまざまな課外活動への参加など、意識して「幅広く」学ぼうとしました。しかし対象が広がると、今度は自分が本当にやりたいことに迷うように。そんな折、AIが人間の仕事を代替する社会について教授から聞いたのをきっかけに、人間にしかできないことは何か、そのために今自分は何を勉強すべきかを真剣に考えました。そして辿り着いたのが、神学をしっかり学び、表象に隠れたものごとや人の心の奥まで、深く読み取る“目”を持つこと。以来、神学部科目の履修をはじめ、神学に関わる読書や正課外の特別講座などで積極的に学びながら、自分なりに解釈する力を鍛えてきました。
 現代の欧米社会はキリスト教離れが進んでいるとも言われます。しかし生活や考え方の根底には宗教観が色濃く残っている。欧米の映画や小説、現実社会においても、ストーリーの裏側にある歴史や社会的背景、人々の気持ちに思いを馳せると、見えてくる景色がずいぶんと変わってきます。 将来は、神学部で培った宗教観を通したものごとの見方を活用して、国内外にかかわらず、さまざまな土地の社会的背景や文化などを理解した人物になり、広く社会に貢献していきたいと考えています。
生命医科学研究科 博士課程(前期課程) 医工学・医情報学専攻 1年次生  竹内 由紀

生命医科学研究科 博士課程(前期課程)
医工学・医情報学専攻 1年次生 竹内 由紀

前例のない研究を通して
新たな発見を目指す

 小さい頃から「音」と「生物」が興味の対象でした。理科科目の学習を深めていく中、大学では生物の行動や音を物理的に解明したいと考え、物理学・化学・生物学など幅広くかつ専門的に学べる同志社大学の生命医科学部へ。現在は大学院に進学し、脳神経行動工学研究室で学部の時から継続して「コウモリの混信回避メカニズム」について研究しています。コウモリは超音波を発し、その反響音を聴くことによって周囲を把握しますが、狭くて暗い洞窟の中でたくさんのコウモリが飛行する混信環境下でも、いかに自身に必要な音だけを聴き分けているのか。さまざまな実験を通してコウモリの不思議な混信回避能力を解明し、通信やロボット分野などで新たな知見を得ることを目指しています。
 実験対象にしているキクガシラコウモリの「混信回避メカニズム」に関する研究はあまり前例がなく、実験手法などは手探りで進めています。また、コウモリから得られるデータは個体差が大きいため、データの傾向を見つけにくく、チーム内で実験手法やデータの検討をしたり提案をし合ったりして試行錯誤を繰り返しながら取り組んでいます。また、少しでもチームに貢献するために個人で超音波の代わりに電気を使って定位行動や相互コミュニケーションを行う電気魚について調べ、実験を行うなどもしました。
 まだ望ましい成果は得られていないですが、研究を深めたその先に何があるのか、今はとても楽しみです。
日本語・日本文化教育センター 日本語・日本文化研修留学生(アメリカ サンディエゴ州立大学)  Martin Martinez

日本語・日本文化教育センター
日本語・日本文化研修留学生
(アメリカ サンディエゴ州立大学)
Martin Martinez

ありのままの自分を生きるために
さまざまな困難に向き合い、乗り越える

 漫画や音楽を入り口に日本語や日本文化に興味を持ち、学びを深めるために同志社大学へ。出身はサンフランシスコです。フィリピン系移民の家に生まれ、母国では言語や文化が異なるマイノリティーですが、家族全員が誇りを持って暮らしています。トランスジェンダーだと打ち明けた時も、両親はありのままの自分を尊重してくれた。周りとは違う自分に誇りを持って誠実に生きようと努めてきました。
 留学前から言葉や文化の違いは予想していましたが、日本では、人々の意識も制度面でも、まだまだLGBTへの理解や認識が不十分だと感じます。日本で取り組んでいるトランスジェンダーの研究も、先行事例が少ない上、周囲の理解も乏しく調査が難しい部分もありますが、「日本でなぜジェンダーレスファッションが流行るのか」をテーマに進めています。研究に関する論文作成と発表は全て日本語。高いハードルですが日本語や日本文化をより一層学ぶことができるチャンスであるため、自分にとって重要なプロジェクト。学びたい気持ちに誠実に、最後までやり遂げます。
 タガログ語の人称代名詞にはジェンダーがありません。一方、日本語の「俺」「僕」という言葉は力強く感じる。言語が社会やジェンダーに与える影響について、日本での経験を生かして研究を深化させ、社会言語学の仕事に結び付けられればと考えています。
スポーツ健康科学部 スポーツ健康学科 2016年度卒業生 ラグビー選手(サントリーサンゴリアス所属)  松井 千士

スポーツ健康科学部 スポーツ健康学科 2016年度卒業生
ラグビー選手(サントリーサンゴリアス所属 松井 千士

挫折を乗り越え、
再び世界への挑戦が始まる

 小学1年生の時、兄の影響で始めてからずっとラグビー一筋。大学では関東の強豪校を関西の大学で倒したい、名門復活を自分の足で導きたいという志を持って、同志社大学へ進みました。大学2年次には7人制ラグビーの日本代表に、3年次には15人制の日本代表にも選出。大学の枠を超えて、世界と戦うことで肉体的にも精神的にも大きく成長できたと思います。
 しかし4年次の2016年、リオオリンピックで正式種目となった7人制ラグビーのメンバーから落選し、バックアップメンバーとして帯同することに。2年間オリンピックのために全てをかけてきただけに悔しさが大きく、ラグビーのことを嫌いになりそうな自分がいました。そんな時支えになってくれたのは、大学のチームの仲間たち。落ち込んでいる私を言葉で励ますよりも、大学選手権出場や日本一を一生懸命目指す姿で鼓舞してくれることに救われました。そこから一緒に日本一を目指し、11年ぶりのベスト4をかなえた時の喜びは今でも宝物です。

 私の思うラグビーの魅力は、身体能力だけでなく、頭脳プレーが必要なところ。そして濃い仲間ができるところ。同志社大学ではチームの仲間はもちろん、ラグビー以外の仲間もでき世界が広がりました。またスポーツ健康科学部のゼミでは、パフォーマンスを測定して競技力の向上につなげる測定評価論を学び、ラグビー選手にとって重要なフィジカル強化に役立てています。授業の中で、私は瞬発性運動に適した白筋が多いタイプだと分かったのも面白い発見。当時から足の速さが武器でしたが、さらにそれを伸ばしていこうという確証が得られました。
 今後、2019年にはラグビーワールドカップ日本大会、2020年には東京オリンピックが開催されます。私は前回のオリンピックの雪辱を果たすべく、日本代表に選ばれ、メダルを獲得するという志に向けて格闘中。これまで小さな目標をコツコツ達成し、大きな夢へとつなげてきたように、まだまだ夢を追い続けていきたいと思っています。
まつい ちひと/小学1年生からラグビーを始め、高校ラグビー界の名門・常翔学園高校に入学して徐々に頭角を現す。2013年、同志社大学スポーツ健康科学部に入学。2015年に15人制の日本代表として初キャップを得て、2016年にはリオオリンピックの7人制日本代表バックアップメンバーに選出。現在はトップリーグのサントリーサンゴリアスで活躍中。
経済学部 経済学科 3年次生 長谷川 拓人

経済学部 経済学科 3年次生
長谷川 拓人

地域を笑顔にする熱いヒーロー
最高の「遊び」を次代へ託して

 「遊びじゃない遊びを追求する」。創設以来、先代から脈々と受け継がれてきた理念の下、私が所属する同志社ヒーローショー同好会は、完成度が高く自分たちも楽しめるショーを全力で目指す同好会です。2018年度の会長となり、自分に課した役割は「あいだをつなぐ」こと。依頼先の要望を聞きつつ、脚本、衣装、音響など持ち場の異なるメンバー間を走り回って調整役に徹し、ショーの運営に関する全体を把握するよう努めてきました。2018年6月に田辺警察署から表彰されメディアで紹介されると、依頼件数が一気に増加。経験したことのない忙しさと90人近い大所帯となった同好会の運営や、大学の名前を背負う重責に押しつぶされそうになるという最大のピンチを救ってくれたのが、ショーを見に来てくれる地域の子どもたちの笑顔と声援です。仲間とも支え合いながら、何とか乗り切りました。
 会長就任当初に引き継ぎ資料がなく苦労した経験から、幹部交代の際には取り組んだ内容の全てを文書化しバトンを託しました。後輩には思うままに活動し、会を発展させてほしい。私自身はここで得た、人を楽しませる喜びと責任感を糧に、人の役に立てる仕事を模索中です。
 われらがヒーロー「タナレンジャー」の一人「タナシルバー」は2045年の未来からやってきました。2045年の未来でも後輩たちが理念を受け継ぎ、素晴らしいショーを繰り広げてくれていることを期待しています。
商学部 商学科 2009年度卒業生  青年海外協力隊(JICA)平成26年度4次隊  平松 佑理

商学部 商学科 2009年度卒業生 
青年海外協力隊(JICA)平成26年度4次隊
平松 佑理

フィリピンと地元和歌山を
互いの顔が見える仕事でつなぐ

 大学卒業後、一般企業で4年半勤めたあと、青年海外協力隊に参加しました。参加した理由は、さまざまな自然災害で被害にあわれた方々に関わる仕事をしていましたが、学生時代や一般企業での経験を活かし、これまで以上に直接的に困っている人の役に立ちたいと思ったからです。学生時代、留学や手話プログラム、チアダンスサークルなどに参加する中で、「チャレンジ精神」「常に学ぶこと」「人との関わり」の大切さを学んできたことも大きいです。
 青年海外協力隊ではフィリピンに赴任。農家の女性たちがつくる天然素材の雑貨品の収入向上に取り組みました。個人でつくり方が異なり、質も量も一定していなかったことから、収入向上のためには大口の発注に応えられる組織づくりが重要だと判断。大学や企業で学んだ製造の基本である「品質」「価格」「デリバリー」の重要性を現地の方々へ共有し、それらを管理運営できるスタッフの指導に奔走しました。
 現在は出身地の和歌山に戻り、地元企業で地場産品の開発・マーケティングを行う仕事に携わりながら、フィリピン原産品の日本での販売支援を行う事業の準備を進めています。さらに地元の小学校の先生と一緒に、フィリピンと和歌山の子どもたちが交流する事業も計画しています。大好きなフィリピンと地元を、お互いの顔が見える仕事でつなぐ。それぞれの文化を互いに尊重し共有できる関係をつくる。それが、私が目指すゴールです。