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同志社時報

第88号 目次

第88号|1990.1 新島 襄永眠100周年記念増刊号

<目次>


グラビア
グレイス・ユナイテッド・コングリゲーショナル・チャーチ(アメリカ・ヴァーモント州ラットランド)より寄贈の肖像画
27歳 アーモスト大学在学中、脱出時の扮装
21歳 函館ロシア領事館で海外脱出の数日前に撮影した湿板写真からの模写肖像画
元の湿板写真は1864(元治元)年6月11日、イオシフ・アントビナ・ゴスケヴィッチが撮影した。
23歳 フィリップス・アカデミー在学中
24歳 アーモスト大学在学中
25歳 アーモスト大学在学中
27歳 アーモスト大学卒業時
アンドーヴァー神学校在学中(27~31歳頃)
満 29歳 田中 不二麿文部理事官と共にヨーロッパ諸国の教育制度を視察の頃
33歳 山本 覚馬の妹八重と結婚式をあげた頃
39歳
41歳
44歳
46歳
自筆英文遺書
百足屋における臨終の模様(名保田 米僊画)
神奈川県大磯の百足屋別館愛松園
1890(明治23)年1月21日、午前5時30分、新島 八重子、小野 弘道、徳富 猪一郎の立合いのもと口述し、徳富が筆記したもの

扉の絵
新島 襄英文日記より1

新島 襄永眠百年
新島 襄先生永眠百年に際し松山 義則2
心をつくし 力をつくして巽 悟朗6
人間新島 襄望月 満子10

座談会
新島研究をめぐって北垣 宗治,河野 仁昭 竹中 正夫 井上 勝也13

新島襄と徳富蘇峰―大学設立運動を中心に―西田 毅35
新島襄と前橋、上毛の人々原 誠43
最後の日記「漫遊記事」に見える新島の心事について杉井 六郎46
新島襄と広津友信本井 康博50
新島襄 畢生の想念―横田安止への書簡より―土肥 昭夫56
原忠美宛書簡―1890(明治23)年1月11日及び1月17日―原 忠和61
長岡伝道 時岡恵吉宛書簡西八條 敬洪65
ハーディー夫人への遺言オーテス・ケーリ68
妻に宛てた二通の手紙福本 武久71
純粋な魂の遺した言葉―同志社に対する遺言笠原 芳光74
終焉の地・大磯尾崎 憲治77
新島襄の葬儀河野 仁昭81

随筆
高潔なる愛国の士 新島 襄先生森中 章光88
良心を手腕とするもの奥田 聡91
やりくり・調和・是正佐野 安仁94
蘇峰・ミルトン・新島 襄伊藤 彌彦96
新島襄とウェーバー―良心の自由について―鈴木 秀一98
火、そして涙と生きる高橋 眞司101
新島先生と教会遠藤 彰104
火種を分つ―新島の死深田 未来生107
新島襄と聖書川西 進109
「設立の旨意」の年木枝 燦111
新島襄の教育学的信条森 章博113
「新島研究」に思う宮井 敏115
新島襄と同志社女学校宮澤 正典117
百年前と今武 邦保120
佐伯理一郎と新島襄長門谷 洋治122
京都看病婦学校と新島襄亀山 美知子125
校祖を育てた安中藩とその時代神馬 彌三郎128
函館に生きる新島襄千代 肇130
新島襄 今治教会来援記美藤 章134
上海で出版された新島襄の伝記『自歴証』(上海廣学会、1895年)島尾 永康137
書けなかった新島襄評伝太田 雄三140
同志社と新島幸 日出男142
新島襄は自由人か和田 洋一144
新島襄先生を想う藤代 泰三147
私と同志社・新島襄先生緒方 純雄149
ハーヴアードで出会った新島 襄先生大下 尚一152
『新島研究』と「電さん」の絵大鉢 忠154
新しい皮袋・新しい酒坂本 武人157
自閉化の打破を小野 高治159
新島初子のこと松野 良寅161
ある旅日記から高道 基163
田辺キャンパスと植樹末光 力作165
新島襄先生祖先の墓半田 喜作168
九十五歳の青春―新島研究者の目標―吉田 曠二171
奇しき御手のもとに井殿 園174
新島襄旧邸(遺邸)について前 久夫177
新島襄略年譜181

山本覚馬先生・新島 八重夫人生誕の地記念碑について
山本 覚馬先生・新島 八重夫人生誕の地記念碑除幕式
式辞松山 義則189
祝辞早川 廣中191
祝辞高瀬 喜左衛門192
祝辞中川 幸意194
建碑経過報告橘 愛治196

随筆
山本 覚馬先生 新島 八重夫人生誕の地宮崎 十三八198
会津・こころの郷里若月 健悟202
新島 八重夫人のお雛様富沢 玲子206

新島旧邸 第二寮について
新島旧邸208
旧第二寮211

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