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世界の後塵を拝してきた先端バイオ分析機器開発の未来を切り拓く。【理工学部化学システム創成工学科 橋本 雅彦 准教授】

'18年1月9日 更新

「基礎研究の基礎」とされる分析化学の発展が多様な学問領域に恩恵をもたらす。

人体を構成する37兆個もの細胞は日々の生活の中で、毒性が強い活性酸素や刺激といったストレスに晒されている。細胞は自己回復能力を持つが、ストレスによって回復力を上回る損傷を受けると遺伝子を構成する塩基配列が変異して、がん細胞へと変化する。たった一つのがん細胞が細胞分裂を繰り返しながら倍増していき、10年から20年という長い年月をかけて検査で見つかる大きさにまで成長する。初期症状がないことに加えて、多くの正常な細胞に固まれているため、潜伏したがん細胞の早期発見は難しい。日本では、がんは2人に1人の割合で発症し、3人に1人の命を奪うという統計結果も出ており、検査技術の向上が喫緊の課題となっている。そこで、正常細胞のがん化に関与する遺伝子の状態を調べ、画像診断では発見不可能ながんのリスクを評価する遺伝子検査が注目されている。この遺伝子検査では血液や唾液といった検体を採取し、熱や酵素を利用して特定の遺伝子断片のみを選択的に増幅させるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)が使われている。このPCRは、がん研究やバイオマーカーの発見、DNA型鑑定など多方面で活用されている。PCRのように、試料に含まれる化学成分の種類・存在量を解析したり、解析のための目的物質の分離方法を研究したりする「分析化学」が橋本准教綬の専門分野だ。「私たちの身の回りにある物質は全て分析化学の対象です。また、有機化学や無機化学、生命科学など様々な研究分野の根幹を担うため、分析化学の発展がもたらす社会的影響は非常に大きいです」。PCRを考案したキャリー・マリスは1993年にノーベル化学賞を受賞しているが、近年の受賞テーマを見ても「超高解像度蛍光顕微鏡の開発」、「緑色蛍光たんぱく質の発見と開発」、「生体高分子構造解析のための質量分析法・核磁気共鳴法」など、分析化学に関する研究成果は多い。分析化学は、最先端科学の進展に必須の分析技術や解析技術を生み出す母体としての基礎的役割を担っていると言えよう。

これまでにない自動液滴調製法を確立し、英国王立化学会より表彰される。

標的核酸分子を微小な反応空聞に分画してPCRを行い、分子を指数関数的に増幅させ、分子の有無を判定する手法はデジタルPCRと呼ばれる。これは極めて精度の高い測定結果を与えるバイオ分析技術として注目されている。中でも、油相中に単分散させた水性の小滴を微小反応分画として用いて、一つのDNA分子から複製を増幅させるドロップレット・デジタルPCR(ddPCR)は、従来のデジタルPCRよりも分画数を急激に増加させることができ、2011年に登場して以来、急速な発展を遂げている。(図1)現在、橋本准教授は低コストで操作性の高いddPCR装置の開発に取り組んでいる。「ddPCRは画期的な技術です。しかし、初期導入装置や多量の消耗品の費用、実験目的に応じてシステムをカスタマイズできない不自由さ、ピペットを用いた液滴のハンドリングなどの難点がありました」。そこで、マイクロ加工技術を用いて、油相と水相が交わるT字部分で液滴を生成する設計のマイクロ流体チップを作製。(写真1)このマイクロ流体チップにはポリジメチルシロキサンという樹脂が使用されており、ポリジメチルシロキサンが持つ自己吸着性によってガラス基板と貼り合わせている。これを一定時間脱気した後、油相と水相をマイク口流体チップに開けたリザバー(貯水槽)に滴下すると液滴を生成する自律調製技術を開発した。この新技術によって、液相を送り出すためのシリンジポンプは不要となり、実験で使用するPCR試薬も無駄なく使用できる。「市販の液滴を作る装置は一般的に300万円程度しますが、私たちの技術を使用すればコストを10万円程度に抑えられます」。この自律的送液に基づく自動液滴調製法に関する論文を発表して以来、国内外の企業や研究機関から問い合わせが相次いでいるという。学術界からの反響も大きく、2015年には英国王立化学会より”Analyst”Prizeを受賞し、2017年には橋本准教授の研究グループが発表した論文がマイクロフルイディクス研究特集号 「Electrophoresis」誌のフロントカバー(表紙)に選定された。(写真2)

低コストで操作性の高い日本発の次世代ddPCRプラットフォーム創成を目指して。

近年、生命科学の分野では、生体構造の複雑さが生み出す生命現象を包括的に研究するべきであるという考えから、分析対象を広範囲に拡大し、そこから得られたビッグデータを分析する動きが活性化している。
「今後はビッグデータの元となる情報を自動的かつ効率的に収集する実験システムの需要が増していくでしょう」。ピペット操作を一切必要としない処理システムを構築し、 ddPCR分析の全工程を完全自動化させた橋本准教授の次なる課題は、ddPCR後に変異した遺伝子を効率良く探索する技術(スクリーニング)と、そのデータを蓄積する技術の向上だ。現在、数万個にも及ぶ粒子径や蛍光強度を数分以内に自動分析するアルゴリズムを作成しており、1回の分析に要する時聞を大幅に短縮することで市販装置を上回る処理能力を持つddPCRプラットフォームの創成を目指しているという。「高機能かつ低コストのddPCRを開発することで、ddPCR導入への費用的ハードルを下げたいです。これにより、新分野への新規参入や新たなインスピレーションを求める研究者の手助けになれば嬉しいですね」と橋本准教授は顔をほころばせた。

橋本 雅彦 理工学部化学システム創成工学科 准教授
同志社大学エ学部化学工学科卒業、同志社大学大学院工学研究科工業化学専攻博士課程修了。「マイクロ流体工学に基づくバイオセンシングおよびバイオイメージング」を研究課題とする。競争的資金の獲得実績も豊富で、文部科学省の科学研究費助成事業や国立研究開発法人科学技術振興機構の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に幾度も採択されている。2015年には「自律送液に基づく自由液滴調製法」を確立した功績が評価されて英国王立化学会より”Analyst”Prizeを授与された。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.52 掲載
(図1)学術論文のキーワード検索における「droplet digital PCR(ddPCR)」のヒット数(SciFinder調べ)

(図1)学術論文のキーワード検索における「droplet digital PCR(ddPCR)」のヒット数(SciFinder調べ)

(写真1)マイクロ加工技術を用いて加工したマイクロ流体チップ

(写真1)マイクロ加工技術を用いて加工したマイクロ流体チップ

(写真2)2017年に発表した論文が「Electrophoresis」誌のフロントカバー(表紙)に

(写真2)2017年に発表した論文が「Electrophoresis」誌のフロントカバー(表紙)に

「基礎研究の基礎」とされる分析化学の発展が多様な学問領域に恩恵をもたらす。

人体を構成する37兆個もの細胞は日々の生活の中で、毒性が強い活性酸素や刺激といったストレスに晒されている。細胞は自己回復能力を持つが、ストレスによって回復力を上回る損傷を受けると遺伝子を構成する塩基配列が変異して、がん細胞へと変化する。たった一つのがん細胞が細胞分裂を繰り返しながら倍増していき、10年から20年という長い年月をかけて検査で見つかる大きさにまで成長する。初期症状がないことに加えて、多くの正常な細胞に固まれているため、潜伏したがん細胞の早期発見は難しい。日本では、がんは2人に1人の割合で発症し、3人に1人の命を奪うという統計結果も出ており、検査技術の向上が喫緊の課題となっている。そこで、正常細胞のがん化に関与する遺伝子の状態を調べ、画像診断では発見不可能ながんのリスクを評価する遺伝子検査が注目されている。この遺伝子検査では血液や唾液といった検体を採取し、熱や酵素を利用して特定の遺伝子断片のみを選択的に増幅させるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)が使われている。このPCRは、がん研究やバイオマーカーの発見、DNA型鑑定など多方面で活用されている。PCRのように、試料に含まれる化学成分の種類・存在量を解析したり、解析のための目的物質の分離方法を研究したりする「分析化学」が橋本准教綬の専門分野だ。「私たちの身の回りにある物質は全て分析化学の対象です。また、有機化学や無機化学、生命科学など様々な研究分野の根幹を担うため、分析化学の発展がもたらす社会的影響は非常に大きいです」。PCRを考案したキャリー・マリスは1993年にノーベル化学賞を受賞しているが、近年の受賞テーマを見ても「超高解像度蛍光顕微鏡の開発」、「緑色蛍光たんぱく質の発見と開発」、「生体高分子構造解析のための質量分析法・核磁気共鳴法」など、分析化学に関する研究成果は多い。分析化学は、最先端科学の進展に必須の分析技術や解析技術を生み出す母体としての基礎的役割を担っていると言えよう。

これまでにない自動液滴調製法を確立し、英国王立化学会より表彰される。

標的核酸分子を微小な反応空聞に分画してPCRを行い、分子を指数関数的に増幅させ、分子の有無を判定する手法はデジタルPCRと呼ばれる。これは極めて精度の高い測定結果を与えるバイオ分析技術として注目されている。中でも、油相中に単分散させた水性の小滴を微小反応分画として用いて、一つのDNA分子から複製を増幅させるドロップレット・デジタルPCR(ddPCR)は、従来のデジタルPCRよりも分画数を急激に増加させることができ、2011年に登場して以来、急速な発展を遂げている。(図1)現在、橋本准教授は低コストで操作性の高いddPCR装置の開発に取り組んでいる。「ddPCRは画期的な技術です。しかし、初期導入装置や多量の消耗品の費用、実験目的に応じてシステムをカスタマイズできない不自由さ、ピペットを用いた液滴のハンドリングなどの難点がありました」。そこで、マイクロ加工技術を用いて、油相と水相が交わるT字部分で液滴を生成する設計のマイクロ流体チップを作製。(写真1)このマイクロ流体チップにはポリジメチルシロキサンという樹脂が使用されており、ポリジメチルシロキサンが持つ自己吸着性によってガラス基板と貼り合わせている。これを一定時間脱気した後、油相と水相をマイク口流体チップに開けたリザバー(貯水槽)に滴下すると液滴を生成する自律調製技術を開発した。この新技術によって、液相を送り出すためのシリンジポンプは不要となり、実験で使用するPCR試薬も無駄なく使用できる。「市販の液滴を作る装置は一般的に300万円程度しますが、私たちの技術を使用すればコストを10万円程度に抑えられます」。この自律的送液に基づく自動液滴調製法に関する論文を発表して以来、国内外の企業や研究機関から問い合わせが相次いでいるという。学術界からの反響も大きく、2015年には英国王立化学会より”Analyst”Prizeを受賞し、2017年には橋本准教授の研究グループが発表した論文がマイクロフルイディクス研究特集号 「Electrophoresis」誌のフロントカバー(表紙)に選定された。(写真2)

低コストで操作性の高い日本発の次世代ddPCRプラットフォーム創成を目指して。

近年、生命科学の分野では、生体構造の複雑さが生み出す生命現象を包括的に研究するべきであるという考えから、分析対象を広範囲に拡大し、そこから得られたビッグデータを分析する動きが活性化している。
「今後はビッグデータの元となる情報を自動的かつ効率的に収集する実験システムの需要が増していくでしょう」。ピペット操作を一切必要としない処理システムを構築し、 ddPCR分析の全工程を完全自動化させた橋本准教授の次なる課題は、ddPCR後に変異した遺伝子を効率良く探索する技術(スクリーニング)と、そのデータを蓄積する技術の向上だ。現在、数万個にも及ぶ粒子径や蛍光強度を数分以内に自動分析するアルゴリズムを作成しており、1回の分析に要する時聞を大幅に短縮することで市販装置を上回る処理能力を持つddPCRプラットフォームの創成を目指しているという。「高機能かつ低コストのddPCRを開発することで、ddPCR導入への費用的ハードルを下げたいです。これにより、新分野への新規参入や新たなインスピレーションを求める研究者の手助けになれば嬉しいですね」と橋本准教授は顔をほころばせた。

橋本 雅彦 理工学部化学システム創成工学科 准教授
同志社大学エ学部化学工学科卒業、同志社大学大学院工学研究科工業化学専攻博士課程修了。「マイクロ流体工学に基づくバイオセンシングおよびバイオイメージング」を研究課題とする。競争的資金の獲得実績も豊富で、文部科学省の科学研究費助成事業や国立研究開発法人科学技術振興機構の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に幾度も採択されている。2015年には「自律送液に基づく自由液滴調製法」を確立した功績が評価されて英国王立化学会より”Analyst”Prizeを授与された。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.52 掲載
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