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転写因子を標的とした新たなアプローチで副作用の少ない抗がん剤の開発を目指す。【生命医科学部医生命システム学科 和久剛 助教】

'18年2月1日 更新

ミクロの世界で繰り広げられる生命の根源的活動「セントラルドグマ」とは。

私たち人聞はタンパク質の働きによって生命活動を維持している。タンパク質といっても種類・機能は実に多様であり、コラーゲンや筋肉として人体を構成するものもあれば、酵素や抗体として化学反応を起こして健康状態を保つものも存在する。これらのタンパク質を生成するのは、細胞の核となるデオキシリボ核酸(DNA)だ。DNAは「タンパク質の設計図」とも言われており、DNAに書き込まれた遺伝情報はメッセンジャーリボ核酸(mRNA)へと転写された後、タンパク質へと翻訳される。このDNAからタンパク質を生成するという生命の基本的かつ普遍的な営みは、「分子生物学のセントラルドグマ(中心教義)」と呼ばれ、一連の反応を繰り返しながら細胞は分化し、遺伝情報が生命全体へと伝達される。日本では2000年前後にセントラルドグマに関する研究が活発に行われ、世界の研究を牽引してきた。「生物のファンダメンタルなプロセスであるセントラルドグマは、性ホルモンに代表される脂溶性代謝物の分化・成長シグナルなどの外環境ストレスにより微調整されています。この破たんは様々な疾患の発症につながると考えられています」と和久助教はその重要性について語る。また、セントラルドグマの過程にある転写を制御するタンパク質群は「転写因子」と呼ばれている。「同研究室の小林聡教授(生命医科学部)は世界に先駆けてNRF3という転写因子を発見しました。私は現職に着任して以来、小林教授とNRF3の機能解明に努めています」。

転写因子NRF3の機能解明から紐解くがんの進展メカニズム。新たな治康法の活路を見出す。

NRF3は1999年に発見されたが、その機能は謎に包まれたままだった。そのNRF3の機能解明を進めていた和久助教は、インターネット上のデータベースを活用してNRF3に関連する疾患の有無を調査した。すると、がん細胞においてNRF3の発現が亢進していることからNRF3とがんには関連があると推測。(図1)がん患者の病変した細胞を採取して検証した結果、NRF3の含有量は腫瘍のサイズやがんの進行度を表すステージと関連性を持つことが明らかになった。「この時点で相関関係を発見できたものの、因果関係は明らかになっていませんでした」。そこで、NRF3があまり発現していない細胞とがん細胞を実験用マウスにそれぞれ移植してNRF3の発現を促進させたところ、NRF3含有量の増加に伴ってがん細胞が成長。NRF3はがんに影響を与える転写因子であることが判明した。(写真1)「サイエンティストとして、そのメカニズム解明に探究心が掻き立てられました」と和久助教は当時を振り返る。小林教授の研究結果により、NRF3と類似したNRF1という転写因子を無くした実験用マウスは体内に不要なタンパク質を蓄積することが以前から分かっていた。本来、プ口テアソームと呼ばれる巨大な酵素複合体がタンパク質の分解を行うのだが、NRF1によってプ口テアソームの働きが制御されてしまうのだ。そこから和久助教はNRF3もNRF1と同様にプ口テアソームの働きに影書すると考え、細胞内におけるNRF3の発現を促進させた結果、プ口テアソームの量も増加した。「不要なタンパク質を分解するプロテアソームが増加しているにも関わらず、がん細胞は増加する。一見、辻棲が合わないように思えるこの事象を解明することが次の課題でした」。そして、日夜研究に没頭する中で、プ口テアソームががん抑制遺伝子であるp53遺伝子の働きを抑制することを発見した。このp53遺伝子は「ゲノムの守護者」とも呼ばれ、DNAを修復する機能に加え、不要な細胞や有害な細胞の細胞死を誘発して細胞増殖サイクルを制御する機能を持つと考えられている。「NRF3がタンパク質分解装置であるプ口テアソームの発現制御を介してp53遺伝子の働きを抑制し、がん細胞の増殖を亢進することからNRF3は抗がん剤の治療ターゲットになり得るとこが分かりました」。

HIVウィルスの治療薬を用いてNRF3を削減できることを発見。産官学連携で創薬実現を。

和久助教は、ヒト臨床検体・実験用マウス・培養細胞を用いて、転写因子NRF3が、がん細胞を増殖させることを明らかにしてきた。「もともと転写因子を標的とした創薬の研究に従事していた背景もありますが、人体の根源的な現象に関わる分野の研究者として、成果を社会にフィードバックすることが私の使命だと考えています」。和久助教は創薬の研究にあたってオフ・ターゲットとなる生体分子への影響や抗がん剤の副作用も考慮する必要があると述べる。「不要なタンパク質を分解するプロテアソームに直接働きかける薬を開発した場合、必ず副作用が表れるでしょう。しかし、NRF3のような転写因子やその働きを制御する分子に働きかける薬を開発することで、間接的にがん治療の副作用を低減できる可能性があります」。そこで、和久助教はNRF3を活性化するDDI2というタンパク質に着目。DDI2はHIV-lプロテアーゼと類似したドメイン構造を持つ(図2)ことから、HIVウィルスに対する治療薬を用いてDDI2の働きを制御することに成功し、特許を取得した。「私の研究でより多くの命を救えるかもしれないと分かり、創薬を目指すことを決意しました。糸口は見えていますが研究室だけでは、技術的にも予算的にも創薬実現は難しいのが現実です。だからこそ、私の研究に関心を持ってくれる企業・団体の方々と積極的に連携して共同研究を進めていきたいです」。そう力強く語る和久助教の言葉には基礎研究だけでなく、シーズの社会実装を見据えた応用研究への熱意が込められていた。

和久剛 生命医科学部医生命システム学科 助教
1980年生まれ.近畿大学生物理工学部卒業、大阪大学大学院理学研究科博士課程を修了。大阪大学蛋白質研究所や東京大学大学院薬学系研究科で博士研究員や日本学術振興会特別研究員を経て、現職に至る。主な研究テーマは「幹細胞・初期胚の組織・臓器分化過程におけるストレス(分化刺激)応答性タンパク質品質管理機構の解明」と「転写因子NRF1/3を介したストレス(刺激)特異的なタンパク質品質管理機構の網羅的解析」。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.52 掲載
(図1)NRG3は様々ながん組織で発現を亢進している

(図1)NRG3は様々ながん組織で発現を亢進している

(写真1)NRF3過剰発現は腫瘍を増大させる

(写真1)NRF3過剰発現は腫瘍を増大させる

(図2)DDI2はHIV-1プロテアーゼと類似したドメインを持つ

(図2)DDI2はHIV-1プロテアーゼと類似したドメインを持つ

ミクロの世界で繰り広げられる生命の根源的活動「セントラルドグマ」とは。

私たち人聞はタンパク質の働きによって生命活動を維持している。タンパク質といっても種類・機能は実に多様であり、コラーゲンや筋肉として人体を構成するものもあれば、酵素や抗体として化学反応を起こして健康状態を保つものも存在する。これらのタンパク質を生成するのは、細胞の核となるデオキシリボ核酸(DNA)だ。DNAは「タンパク質の設計図」とも言われており、DNAに書き込まれた遺伝情報はメッセンジャーリボ核酸(mRNA)へと転写された後、タンパク質へと翻訳される。このDNAからタンパク質を生成するという生命の基本的かつ普遍的な営みは、「分子生物学のセントラルドグマ(中心教義)」と呼ばれ、一連の反応を繰り返しながら細胞は分化し、遺伝情報が生命全体へと伝達される。日本では2000年前後にセントラルドグマに関する研究が活発に行われ、世界の研究を牽引してきた。「生物のファンダメンタルなプロセスであるセントラルドグマは、性ホルモンに代表される脂溶性代謝物の分化・成長シグナルなどの外環境ストレスにより微調整されています。この破たんは様々な疾患の発症につながると考えられています」と和久助教はその重要性について語る。また、セントラルドグマの過程にある転写を制御するタンパク質群は「転写因子」と呼ばれている。「同研究室の小林聡教授(生命医科学部)は世界に先駆けてNRF3という転写因子を発見しました。私は現職に着任して以来、小林教授とNRF3の機能解明に努めています」。

転写因子NRF3の機能解明から紐解くがんの進展メカニズム。新たな治康法の活路を見出す。

NRF3は1999年に発見されたが、その機能は謎に包まれたままだった。そのNRF3の機能解明を進めていた和久助教は、インターネット上のデータベースを活用してNRF3に関連する疾患の有無を調査した。すると、がん細胞においてNRF3の発現が亢進していることからNRF3とがんには関連があると推測。(図1)がん患者の病変した細胞を採取して検証した結果、NRF3の含有量は腫瘍のサイズやがんの進行度を表すステージと関連性を持つことが明らかになった。「この時点で相関関係を発見できたものの、因果関係は明らかになっていませんでした」。そこで、NRF3があまり発現していない細胞とがん細胞を実験用マウスにそれぞれ移植してNRF3の発現を促進させたところ、NRF3含有量の増加に伴ってがん細胞が成長。NRF3はがんに影響を与える転写因子であることが判明した。(写真1)「サイエンティストとして、そのメカニズム解明に探究心が掻き立てられました」と和久助教は当時を振り返る。小林教授の研究結果により、NRF3と類似したNRF1という転写因子を無くした実験用マウスは体内に不要なタンパク質を蓄積することが以前から分かっていた。本来、プ口テアソームと呼ばれる巨大な酵素複合体がタンパク質の分解を行うのだが、NRF1によってプ口テアソームの働きが制御されてしまうのだ。そこから和久助教はNRF3もNRF1と同様にプ口テアソームの働きに影書すると考え、細胞内におけるNRF3の発現を促進させた結果、プ口テアソームの量も増加した。「不要なタンパク質を分解するプロテアソームが増加しているにも関わらず、がん細胞は増加する。一見、辻棲が合わないように思えるこの事象を解明することが次の課題でした」。そして、日夜研究に没頭する中で、プ口テアソームががん抑制遺伝子であるp53遺伝子の働きを抑制することを発見した。このp53遺伝子は「ゲノムの守護者」とも呼ばれ、DNAを修復する機能に加え、不要な細胞や有害な細胞の細胞死を誘発して細胞増殖サイクルを制御する機能を持つと考えられている。「NRF3がタンパク質分解装置であるプ口テアソームの発現制御を介してp53遺伝子の働きを抑制し、がん細胞の増殖を亢進することからNRF3は抗がん剤の治療ターゲットになり得るとこが分かりました」。

HIVウィルスの治療薬を用いてNRF3を削減できることを発見。産官学連携で創薬実現を。

和久助教は、ヒト臨床検体・実験用マウス・培養細胞を用いて、転写因子NRF3が、がん細胞を増殖させることを明らかにしてきた。「もともと転写因子を標的とした創薬の研究に従事していた背景もありますが、人体の根源的な現象に関わる分野の研究者として、成果を社会にフィードバックすることが私の使命だと考えています」。和久助教は創薬の研究にあたってオフ・ターゲットとなる生体分子への影響や抗がん剤の副作用も考慮する必要があると述べる。「不要なタンパク質を分解するプロテアソームに直接働きかける薬を開発した場合、必ず副作用が表れるでしょう。しかし、NRF3のような転写因子やその働きを制御する分子に働きかける薬を開発することで、間接的にがん治療の副作用を低減できる可能性があります」。そこで、和久助教はNRF3を活性化するDDI2というタンパク質に着目。DDI2はHIV-lプロテアーゼと類似したドメイン構造を持つ(図2)ことから、HIVウィルスに対する治療薬を用いてDDI2の働きを制御することに成功し、特許を取得した。「私の研究でより多くの命を救えるかもしれないと分かり、創薬を目指すことを決意しました。糸口は見えていますが研究室だけでは、技術的にも予算的にも創薬実現は難しいのが現実です。だからこそ、私の研究に関心を持ってくれる企業・団体の方々と積極的に連携して共同研究を進めていきたいです」。そう力強く語る和久助教の言葉には基礎研究だけでなく、シーズの社会実装を見据えた応用研究への熱意が込められていた。

和久剛 生命医科学部医生命システム学科 助教
1980年生まれ.近畿大学生物理工学部卒業、大阪大学大学院理学研究科博士課程を修了。大阪大学蛋白質研究所や東京大学大学院薬学系研究科で博士研究員や日本学術振興会特別研究員を経て、現職に至る。主な研究テーマは「幹細胞・初期胚の組織・臓器分化過程におけるストレス(分化刺激)応答性タンパク質品質管理機構の解明」と「転写因子NRF1/3を介したストレス(刺激)特異的なタンパク質品質管理機構の網羅的解析」。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.52 掲載
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