同志社の人と研究

  1. 同志社大学ホーム
  2. 2018年度の同志社の人と研究一覧
  3. 高齢者が手軽に実践できる低負荷トレーニングで介護予防を支援。【渡邊 裕也 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 助教】

高齢者が手軽に実践できる低負荷トレーニングで介護予防を支援。【渡邊 裕也 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 助教】

'18年6月1日 更新

日々の運動が健やかな体と豊かな生活を育む。実践的なトレーニングは「スロー」。

 スポーツ庁は2021年までに成人の週1回以上のスポーツ実施率を65%程度に引き上げる目標を掲げているが、18歳から79歳の男女2万人を対象とした調査(2017年3月実施)では3 人に1 人は「運動をしておらず、今後もするつもりはない」と回答したと発表した。利便性の向上や情報社会の進展、労働形態の変化などによって便利で快適な生活を送れるようになった一方で、運動への意欲は弱まり、スポーツと無縁な生活を送っている人が多い。しかし、運動が生活習慣病の予防や身体機能の維持など重要な役割を担うことは周知の事実だ。渡邊助教は人々の明るく健康的な生活をサポートするため、幅広い生活者が手軽に実践できるトレーニング方法を研究する。「アメリカンフットボール部に所属していた大学時代、トレーニングはパフォーマンスを向上させるだけでなく、競技に打ち込む爽快感や達成感を助長すると実感しました」とトレーニングに関心を持ったきっかけを振り返る。トレーニングの研究と言っても渡邊助教が取り組むのは、最大筋力の向上を目的として筋肉に大きな負荷をかける一般的な筋力トレーニングではない。「通常の筋力トレーニングには設備や道具が必要であり、高齢者への負担も大きいです。私は安全かつ効果的に鍛えることができる筋発揮張力維持スロー法(スロートレーニング)に着目して研究を進めており、この知見を高齢者の介護予防に役立てたいと考えています」。

高齢者の健康を支える介護予防プログラムを開発。追跡調査で驚異的な効果が判明。

 日本は言わずと知れた長寿大国だ。2017年に発表された厚生労働省の簡易生命表によると平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳であり、2060年には男性84.19歳、女性90.93歳にまで到達すると予測されている。「長寿社会の実現は非常に喜ばしいことです。しかし、加齢による運動機能の低下は高齢者の生活を脅かす危険を孕んでいます」と渡邊助教は警鐘を鳴らす。2010年度国民生活基礎調査では高齢者が要介護になる原因の35%は筋肉・関節・骨に関わる問題だとされている。(図1)「 科学的知見に基づいて人々の健康に貢献できることこそ、スポーツ健康科学の意義でしょう」。そう語る渡邊助教の研究グループは、開発した介護予防プログラムの効果を検証するため、京都府亀岡市で高齢者を対象とした大規模な介入試験を実施。これには500名以上の市民(平均年齢74歳)が参加した。プログラムの中心は運動で、自体重やゴムバンドを利用した自宅でも行えるエクササイズにスロートレーニングを応用した。加えて、歯科衛生士会や栄養士会と連携して口腔ケアや栄養改善を併用するなど多角的なアプローチを行った。「公民館などに集合して取り組む教室型介入と自己管理の度合いが強い自宅型介入の効果を検証した結果、同程度の有効性を確認できました」。3ヵ月の短期介入試験により、高齢者の筋肉量増加や身体機能の改善を確認しているという。さらに、その後の追跡調査では、介入試験に参加した高齢者が要介護になるケースは少なく、介護関連コストの抑制につながる結果を得ている。なお、プログラムを多くの自治体で実施・展開できるように「地域資源を活用した総合型介護予防プログラム実施マニュアル(写真1)」を整備。行政機関を通して京都府下に配布され、普及を促していく。「今後は高齢者に介護予防プログラムを継続してもらう仕組み作りにも注力していきたいです」と渡邊助教は新たな課題の解決に向けての意欲を示した。渡邊助教の取組みは、連携する自治体の行政サービスを検証して有効性を確認した産官学連携の成功例といえるだろう。

超音波画像から筋輝度を算出して筋肉の“質”を分析。CTスキャンより安価で手軽な評価法を確立する。

 骨格筋量は加齢とともに減少し、筋力が低下していく。この現象は、ギリシャ語の肉を意味する「サルコ」と喪失を意味する「ペニア」に由来して「サルコペニア」と呼ばれている。「骨格筋の機能は身体活動の基盤です。未曾有の超高齢社会を迎えている日本ではサルコペニアへの対策が急務です」。サルコペニアでは筋量の減少と同時に、骨格筋内の脂肪蓄積や筋細胞外液量の増加など質的な変化が生じる。サルコペニアを議論するうえで筋肉の質は重要な要素だが、MRIなどの一般的な画像法を用いた骨格筋量評価では筋内組成を考慮できない。そこで、渡邊助教は筋肉の質的要素を評価するため、超音波を体の表面に当てて体内の様子を非侵襲的に可視化する超音波検査に着目。(写真2)「超音波画像の白っぽさを数値化した筋輝度から、筋肉内に蓄積された脂肪や結合組織などの様子を推定することが可能です」。渡邊助教はこれまでに1, 400人以上の筋輝度を独自に調査。さらに、対象者の計測結果を長期間にわたって追跡調査することで筋輝度の高低と要介護になる確率の関連性を調べているという。「自立度や日常生活の活動性が高い高齢者は下肢骨格筋の量的・質的指標が優れていることが判明しています」。この超音波検査を用いた骨格筋評価はCTスキャンのような大規模な検査に比べると、安価で手軽な検査が可能だ。先陣を切って日本が経験する長寿大国ならではの課題は今後、世界中の国々が経験するだろう。だからこそ、汎用性に長けたトレーニング法や筋内組成評価法を研究する責務があると渡邊助教は語った。現在、多くの日本人が80年以上を自身の筋肉や関節とともに生活する時代に突入している。私たちの意識を変え、単なる趣味としてだけではなく、命や人生の豊かさと密接に関わる問題として「運動」と向き合っていく必要があるだろう。

渡邊 裕也 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 助教
高千穂大学商学部商学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。応用健康科学を専門とする。研究テーマは「高齢者に幅広く展開可能なサルコペニア予防法の開発」と「筋輝度を用いた筋内組成評価法に関する研究」。京都府や亀岡市と連携して高齢者を対象とした大規模介入試験を実施している。日本体力医学会や日本臨床スポーツ医学会、日本サルコペニア・フレイル学会などに所属する。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.53 掲載
(図1)2010年度国民生活基礎調査

(図1)2010年度国民生活基礎調査

(写真1)地域資源を活用した総合型介護予防プログラム実施マニュアル

(写真1)地域資源を活用した総合型介護予防プログラム実施マニュアル

(写真2)骨格筋内の様子を可視化する超音波画像診断装置

(写真2)骨格筋内の様子を可視化する超音波画像診断装置

日々の運動が健やかな体と豊かな生活を育む。実践的なトレーニングは「スロー」。

 スポーツ庁は2021年までに成人の週1回以上のスポーツ実施率を65%程度に引き上げる目標を掲げているが、18歳から79歳の男女2万人を対象とした調査(2017年3月実施)では3 人に1 人は「運動をしておらず、今後もするつもりはない」と回答したと発表した。利便性の向上や情報社会の進展、労働形態の変化などによって便利で快適な生活を送れるようになった一方で、運動への意欲は弱まり、スポーツと無縁な生活を送っている人が多い。しかし、運動が生活習慣病の予防や身体機能の維持など重要な役割を担うことは周知の事実だ。渡邊助教は人々の明るく健康的な生活をサポートするため、幅広い生活者が手軽に実践できるトレーニング方法を研究する。「アメリカンフットボール部に所属していた大学時代、トレーニングはパフォーマンスを向上させるだけでなく、競技に打ち込む爽快感や達成感を助長すると実感しました」とトレーニングに関心を持ったきっかけを振り返る。トレーニングの研究と言っても渡邊助教が取り組むのは、最大筋力の向上を目的として筋肉に大きな負荷をかける一般的な筋力トレーニングではない。「通常の筋力トレーニングには設備や道具が必要であり、高齢者への負担も大きいです。私は安全かつ効果的に鍛えることができる筋発揮張力維持スロー法(スロートレーニング)に着目して研究を進めており、この知見を高齢者の介護予防に役立てたいと考えています」。

高齢者の健康を支える介護予防プログラムを開発。追跡調査で驚異的な効果が判明。

 日本は言わずと知れた長寿大国だ。2017年に発表された厚生労働省の簡易生命表によると平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳であり、2060年には男性84.19歳、女性90.93歳にまで到達すると予測されている。「長寿社会の実現は非常に喜ばしいことです。しかし、加齢による運動機能の低下は高齢者の生活を脅かす危険を孕んでいます」と渡邊助教は警鐘を鳴らす。2010年度国民生活基礎調査では高齢者が要介護になる原因の35%は筋肉・関節・骨に関わる問題だとされている。(図1)「 科学的知見に基づいて人々の健康に貢献できることこそ、スポーツ健康科学の意義でしょう」。そう語る渡邊助教の研究グループは、開発した介護予防プログラムの効果を検証するため、京都府亀岡市で高齢者を対象とした大規模な介入試験を実施。これには500名以上の市民(平均年齢74歳)が参加した。プログラムの中心は運動で、自体重やゴムバンドを利用した自宅でも行えるエクササイズにスロートレーニングを応用した。加えて、歯科衛生士会や栄養士会と連携して口腔ケアや栄養改善を併用するなど多角的なアプローチを行った。「公民館などに集合して取り組む教室型介入と自己管理の度合いが強い自宅型介入の効果を検証した結果、同程度の有効性を確認できました」。3ヵ月の短期介入試験により、高齢者の筋肉量増加や身体機能の改善を確認しているという。さらに、その後の追跡調査では、介入試験に参加した高齢者が要介護になるケースは少なく、介護関連コストの抑制につながる結果を得ている。なお、プログラムを多くの自治体で実施・展開できるように「地域資源を活用した総合型介護予防プログラム実施マニュアル(写真1)」を整備。行政機関を通して京都府下に配布され、普及を促していく。「今後は高齢者に介護予防プログラムを継続してもらう仕組み作りにも注力していきたいです」と渡邊助教は新たな課題の解決に向けての意欲を示した。渡邊助教の取組みは、連携する自治体の行政サービスを検証して有効性を確認した産官学連携の成功例といえるだろう。

超音波画像から筋輝度を算出して筋肉の“質”を分析。CTスキャンより安価で手軽な評価法を確立する。

 骨格筋量は加齢とともに減少し、筋力が低下していく。この現象は、ギリシャ語の肉を意味する「サルコ」と喪失を意味する「ペニア」に由来して「サルコペニア」と呼ばれている。「骨格筋の機能は身体活動の基盤です。未曾有の超高齢社会を迎えている日本ではサルコペニアへの対策が急務です」。サルコペニアでは筋量の減少と同時に、骨格筋内の脂肪蓄積や筋細胞外液量の増加など質的な変化が生じる。サルコペニアを議論するうえで筋肉の質は重要な要素だが、MRIなどの一般的な画像法を用いた骨格筋量評価では筋内組成を考慮できない。そこで、渡邊助教は筋肉の質的要素を評価するため、超音波を体の表面に当てて体内の様子を非侵襲的に可視化する超音波検査に着目。(写真2)「超音波画像の白っぽさを数値化した筋輝度から、筋肉内に蓄積された脂肪や結合組織などの様子を推定することが可能です」。渡邊助教はこれまでに1, 400人以上の筋輝度を独自に調査。さらに、対象者の計測結果を長期間にわたって追跡調査することで筋輝度の高低と要介護になる確率の関連性を調べているという。「自立度や日常生活の活動性が高い高齢者は下肢骨格筋の量的・質的指標が優れていることが判明しています」。この超音波検査を用いた骨格筋評価はCTスキャンのような大規模な検査に比べると、安価で手軽な検査が可能だ。先陣を切って日本が経験する長寿大国ならではの課題は今後、世界中の国々が経験するだろう。だからこそ、汎用性に長けたトレーニング法や筋内組成評価法を研究する責務があると渡邊助教は語った。現在、多くの日本人が80年以上を自身の筋肉や関節とともに生活する時代に突入している。私たちの意識を変え、単なる趣味としてだけではなく、命や人生の豊かさと密接に関わる問題として「運動」と向き合っていく必要があるだろう。

渡邊 裕也 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 助教
高千穂大学商学部商学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。応用健康科学を専門とする。研究テーマは「高齢者に幅広く展開可能なサルコペニア予防法の開発」と「筋輝度を用いた筋内組成評価法に関する研究」。京都府や亀岡市と連携して高齢者を対象とした大規模介入試験を実施している。日本体力医学会や日本臨床スポーツ医学会、日本サルコペニア・フレイル学会などに所属する。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.53 掲載