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物理学の観点から生命科学の難題に挑戦する「医工連携」を実践。【剣持 貴弘 生命医科学部 医工学科 教授】

'18年9月1日 更新

病理切片を引き延ばして生じたひび割れパターンから定量的にがんを診断する。

 病気の原因や発生機序を解明したり、診断を確定したりする「病理学」を専門とする医師は「病理医」と呼ばれる。手術や検査で採取された臓器や細胞を診断する重要な役割を担っているが、その数は約2,400名(2017年10月時点)と、日本における全医師の1%にも満たない。その結果、病理医1人当たりが1年間に診断する件数は約10,000件にも及ぶという。「現状の組織切片の顕微鏡観察では、経験的な基準に基づきながら、良性腫瘍と悪性腫瘍を目視で判断しています。定量的かつ効率的な方法を確立できれば、病理医の負担を減らすことができるでしょう」と語る剣持教授は、独創的ながんの診断方法を考案し、医学界をはじめとした幅広い分野から注目を集めている。がんになった細胞の接着力が弱まることに着目した剣持教授の研究グループは、スライスした組織切片を、伸縮性のあるウレタンゲルシートの上に乗せ、引き伸ばした(写真1)。これによって生じるひび割れパターンを画像化し、設定した閾値で白と黒の2階調に変換する「二値化」を実施。「二値化した画像を分析したところ、目視では判断が難しかった肝がんと非アルコール性肝炎の白黒ピクセル比に、1.5倍もの差が表れました」(図1)。剣持教授が発案した診断法に特殊な技術や装置は必要なく、短時間で定量的な分析も可能だという。「実用化を目指して、ある大学医学部の病理教室と共同研究を行っています。より信頼性が高い画像診断方法の探求や、ひび割れを形成する最適条件の調査にも注力していきたいです」。最初のノーベル物理学賞を受賞した物理学者ヴィルヘルム・レントゲンによって発見されたX線が今日の医療になくてはならない医療技術として発展したように、物理学の知見を活かして医情報学科の吉川研一教授、貞包浩一朗助教との共同研究により、幅広い分野に寄与する剣持教授の研究に注目したい。

安定的な細胞組織を3次元で構築するこれまでにない手法。再生医療に新たな風を吹き込む。

 近年、人体組織が欠損した場合に、自己修復能力を引き出し、機能を回復させる「再生医療」が注目を浴びている。2014年にはiPS細胞を用いた移植手術が行われるなど着実な成果を上げてきたが、3次元の細胞集団を形成し、組織や臓器などの機能を表出させることが今後の重要課題だとされている。「培養皿などの上で、細胞を2次元的に組み合わせる試みは行われていますが、再生医療に応用するためには、異なる細胞同士を3次元的に接着させて生体機能を発揮させる必要があります。ゲルなどの人工的な基盤を用いて細胞同士の接触を維持することもできますが、人工的な基盤は細胞にとって異物となるため、理想的ではありません」。
 そこで剣持教授の研究グループは、レーザー光を精巧なピンセットのように用いて、微小粒子や生体細胞、微生物を補足・移動できるレーザーピンセット技術(写真2)を導入。近赤外線レーザーによる遠隔操作によって、細胞を損傷させずに操作できるようになった。しかしながら、レーザーピンセットで細胞一つひとつをトラップできても、溶液中でブラウン運動する細胞は互いに反発し合うため、細胞同士の安定な接着が課題であった。そこで、剣持教授の研究グループは、溶液に高分子を加え、高分子が持つ枯渇効果(エントロピー効果)を利用することで、細胞同士に働く斥力相互作用を抑制し、細胞同士を安定的に接着させることに成功した。「従来の知見では、細胞同士を安定に接着させるための接着タンパク質が発現するためには、数時間程度の時間が必要だとされてきましたが、興味深いことに、私たちのレーザーピンセットと高分子を組み合わせた新技術では、数分程度の短時間で細胞同士の安定接着が実現できます」。剣持教授の研究グループが考案した方法を活用すれば、異なる種類の細胞を3次元的に配置できるため、再生医療のさらなる発展につながるだろう。

超音波照射がDNAを切断。そのメカニズムと危険性を解明し、医療現場に還元する。

 人間が聴きとれる音域は20Hzから20kHzとされている。一方、20kHzを超える周波数域の音は「超音波」と呼ばれ、医療現場で活用される超音波検査は、CT検査やMRI検査と比較して安価で簡易性に優れることから臨床現場で広く活用されている。近年の科学技術の進歩によって、より精密な診断が可能になった一方で、安全性に関する研究は臨床応用に比べて、遅れているとの指摘も存在する。「超音波検査における安全基準は定められていますが、未だ超音波の照射が生体に与える影響や、そのメカニズムは詳しく解明されていません」と語る。「超音波を照射した際に、DNA二重鎖切断が発生する音圧領域と発生しない音圧領域が存在することを明らかにしました。切断が起きない音圧領域の超音波は診断用に、切断が生じる音圧領域の超音波は治療用に適しています」。超音波を溶液中のDNAに照射すると、キャビテーションと呼ばれる数十μm程度の微小な泡が生成され、その泡が消滅する時に、MPa~GPaという大きな圧力の衝撃波が生じる。この衝撃波が、DNAの二重鎖切断を引き起こすことを明らかにした。さらに、蛍光顕微鏡を用いたDNA一分子観察法を適用することで、これまで報告例がない、超音波によるゲノムサイズDNAの二重鎖切断効率を初めて定量的に計測した。また、超音波照射によるDNA切断メカニズムの物理モデルも構築した。「これまでは溶液中のDNAに超音波を照射して、データを収集してきました。今後は生体環境に類似した実験条件を作り、超音波がもたらす生体への影響を調べていきます」。近年では、医学分野と工学分野の連携によって、医療機器の開発や新技術の研究を加速させる「医工連携」が注目されている。「医学や生物学が抱える課題に対して、物理学的なアプローチで解決を図った取り組みは始まったばかりです。私たちの研究を通して、様々な分野の発展に寄与できれば嬉しいです」。医療、ひいては私たちの健やかな暮らしに貢献する社会的意義の高い剣持教授の研究に期待が高まる。


剣持 貴弘 生命医科学部 医工学科 教授
岡山理科大学卒業、総合研究大学院大学博士課程数物科学研究科核融合科学専攻修了。文部科学省核融合科学研究所非常勤研究員や岡山理科大学シミュレーション科学センター博士研究員などを経て、現職に至る。本学に着任する前は「放射線物理」や「核融合工学」を研究していたが、着任後は物理の視点から生命現象の解明に挑む。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.54 掲載
(図1)顕微鏡目視時と二値化時の画像比較

(図1)顕微鏡目視時と二値化時の画像比較

(写真1)病理切片を引っ張り、がんの診断を行う装置

(写真1)病理切片を引っ張り、がんの診断を行う装置

(写真2)レーザーピンセット技術を搭載した顕微鏡

(写真2)レーザーピンセット技術を搭載した顕微鏡

病理切片を引き延ばして生じたひび割れパターンから定量的にがんを診断する。

 病気の原因や発生機序を解明したり、診断を確定したりする「病理学」を専門とする医師は「病理医」と呼ばれる。手術や検査で採取された臓器や細胞を診断する重要な役割を担っているが、その数は約2,400名(2017年10月時点)と、日本における全医師の1%にも満たない。その結果、病理医1人当たりが1年間に診断する件数は約10,000件にも及ぶという。「現状の組織切片の顕微鏡観察では、経験的な基準に基づきながら、良性腫瘍と悪性腫瘍を目視で判断しています。定量的かつ効率的な方法を確立できれば、病理医の負担を減らすことができるでしょう」と語る剣持教授は、独創的ながんの診断方法を考案し、医学界をはじめとした幅広い分野から注目を集めている。がんになった細胞の接着力が弱まることに着目した剣持教授の研究グループは、スライスした組織切片を、伸縮性のあるウレタンゲルシートの上に乗せ、引き伸ばした(写真1)。これによって生じるひび割れパターンを画像化し、設定した閾値で白と黒の2階調に変換する「二値化」を実施。「二値化した画像を分析したところ、目視では判断が難しかった肝がんと非アルコール性肝炎の白黒ピクセル比に、1.5倍もの差が表れました」(図1)。剣持教授が発案した診断法に特殊な技術や装置は必要なく、短時間で定量的な分析も可能だという。「実用化を目指して、ある大学医学部の病理教室と共同研究を行っています。より信頼性が高い画像診断方法の探求や、ひび割れを形成する最適条件の調査にも注力していきたいです」。最初のノーベル物理学賞を受賞した物理学者ヴィルヘルム・レントゲンによって発見されたX線が今日の医療になくてはならない医療技術として発展したように、物理学の知見を活かして医情報学科の吉川研一教授、貞包浩一朗助教との共同研究により、幅広い分野に寄与する剣持教授の研究に注目したい。

安定的な細胞組織を3次元で構築するこれまでにない手法。再生医療に新たな風を吹き込む。

 近年、人体組織が欠損した場合に、自己修復能力を引き出し、機能を回復させる「再生医療」が注目を浴びている。2014年にはiPS細胞を用いた移植手術が行われるなど着実な成果を上げてきたが、3次元の細胞集団を形成し、組織や臓器などの機能を表出させることが今後の重要課題だとされている。「培養皿などの上で、細胞を2次元的に組み合わせる試みは行われていますが、再生医療に応用するためには、異なる細胞同士を3次元的に接着させて生体機能を発揮させる必要があります。ゲルなどの人工的な基盤を用いて細胞同士の接触を維持することもできますが、人工的な基盤は細胞にとって異物となるため、理想的ではありません」。
 そこで剣持教授の研究グループは、レーザー光を精巧なピンセットのように用いて、微小粒子や生体細胞、微生物を補足・移動できるレーザーピンセット技術(写真2)を導入。近赤外線レーザーによる遠隔操作によって、細胞を損傷させずに操作できるようになった。しかしながら、レーザーピンセットで細胞一つひとつをトラップできても、溶液中でブラウン運動する細胞は互いに反発し合うため、細胞同士の安定な接着が課題であった。そこで、剣持教授の研究グループは、溶液に高分子を加え、高分子が持つ枯渇効果(エントロピー効果)を利用することで、細胞同士に働く斥力相互作用を抑制し、細胞同士を安定的に接着させることに成功した。「従来の知見では、細胞同士を安定に接着させるための接着タンパク質が発現するためには、数時間程度の時間が必要だとされてきましたが、興味深いことに、私たちのレーザーピンセットと高分子を組み合わせた新技術では、数分程度の短時間で細胞同士の安定接着が実現できます」。剣持教授の研究グループが考案した方法を活用すれば、異なる種類の細胞を3次元的に配置できるため、再生医療のさらなる発展につながるだろう。

超音波照射がDNAを切断。そのメカニズムと危険性を解明し、医療現場に還元する。

 人間が聴きとれる音域は20Hzから20kHzとされている。一方、20kHzを超える周波数域の音は「超音波」と呼ばれ、医療現場で活用される超音波検査は、CT検査やMRI検査と比較して安価で簡易性に優れることから臨床現場で広く活用されている。近年の科学技術の進歩によって、より精密な診断が可能になった一方で、安全性に関する研究は臨床応用に比べて、遅れているとの指摘も存在する。「超音波検査における安全基準は定められていますが、未だ超音波の照射が生体に与える影響や、そのメカニズムは詳しく解明されていません」と語る。「超音波を照射した際に、DNA二重鎖切断が発生する音圧領域と発生しない音圧領域が存在することを明らかにしました。切断が起きない音圧領域の超音波は診断用に、切断が生じる音圧領域の超音波は治療用に適しています」。超音波を溶液中のDNAに照射すると、キャビテーションと呼ばれる数十μm程度の微小な泡が生成され、その泡が消滅する時に、MPa~GPaという大きな圧力の衝撃波が生じる。この衝撃波が、DNAの二重鎖切断を引き起こすことを明らかにした。さらに、蛍光顕微鏡を用いたDNA一分子観察法を適用することで、これまで報告例がない、超音波によるゲノムサイズDNAの二重鎖切断効率を初めて定量的に計測した。また、超音波照射によるDNA切断メカニズムの物理モデルも構築した。「これまでは溶液中のDNAに超音波を照射して、データを収集してきました。今後は生体環境に類似した実験条件を作り、超音波がもたらす生体への影響を調べていきます」。近年では、医学分野と工学分野の連携によって、医療機器の開発や新技術の研究を加速させる「医工連携」が注目されている。「医学や生物学が抱える課題に対して、物理学的なアプローチで解決を図った取り組みは始まったばかりです。私たちの研究を通して、様々な分野の発展に寄与できれば嬉しいです」。医療、ひいては私たちの健やかな暮らしに貢献する社会的意義の高い剣持教授の研究に期待が高まる。


剣持 貴弘 生命医科学部 医工学科 教授
岡山理科大学卒業、総合研究大学院大学博士課程数物科学研究科核融合科学専攻修了。文部科学省核融合科学研究所非常勤研究員や岡山理科大学シミュレーション科学センター博士研究員などを経て、現職に至る。本学に着任する前は「放射線物理」や「核融合工学」を研究していたが、着任後は物理の視点から生命現象の解明に挑む。

同志社大学リエゾンオフィスニューズレター「LIAISON」 vol.54 掲載