'21年3月25日 更新
人文科学研究所研究叢書LVⅢ『身体と環境をめぐる世界史 生政治からみた「幸せ」になるためのせめぎ合いと技法』(服部 伸〔編〕)を2021年2月に人文書院より出版しました。
目 次
序論 | 身体と環境をめぐる生政治:「幸せ」にする(なる)ための 介入・操作と主体性 | 服部伸 |
第Ⅰ部 | 身体と環境への介入 | |
食権力論の射程 | 藤原辰史 | |
「風土」と医学 ―幕末・明治初期の「衛生」概念の検討をとおして― | 香西豊子 | |
帝政期ドイツ社会における「移動の自由」と「安全」・「治安」 ―シンティ・ロマ取り締まりをめぐって― | 大谷実 | |
誰が人々を導くのか ―世紀転換期の香港における死体遺棄問題をめぐって― | 小堀慎悟 | |
科学的かつ合理的に ―大正から昭和初期における食改善運動の射程と受容― | 宝月理恵 | |
二〇世紀スイスにおけるイェーニッシェの子どもの強制保護 ―社会福祉事業と子ども観の観点から― | 穐山洋子 | |
オーファンドラッグの出会い損ない | 美馬達哉 | |
第Ⅱ部 | 介入に抗する人びと | |
下面発酵技術の普及と近代ドイツの統治、禁酒運動、民衆運動 | 東風谷太一 | |
治療薬を確保するための闘い ―ホメオパシー患者団体の協会薬局と国家― | 服部伸 | |
退化の時代を生き抜く ―世紀末ドイツ語圏のシオニストの身体言説― | 河合竜太 | |
『ナーサリーワールド』に見る知的障害児の母親の声 ―戦間期~一九五〇年代のイングランド― | 大谷誠 | |
第Ⅲ部 | マニュアルから見える介入と抵抗の技法 | |
近代「植民地」における人と森林の付き合い方 ―ハプスブルク統治下ボスニア・ヘルツェゴヴィナを例として― | 村上亮 | |
いかにモラルと営利を両立させるか ―二〇世紀初頭ポーランドの医療倫理マニュアルを編む― | 福元健之 | |
戦間期イギリスにおける「健康になるためのマニュアル」 —自然療法医の食と健康観― | 御手洗悠紀 | |
よりよく老いる ―ドイツのマニュアルを読む― | ヴィクトリア・エシュバッハ=サボー (井上百子訳) |
- ※
- 研究叢書を購入ご希望の方は、お手数ですが、出版社へお問い合わせください。
人文科学研究所研究叢書LVⅢ『身体と環境をめぐる世界史 生政治からみた「幸せ」になるためのせめぎ合いと技法』(服部 伸〔編〕)を2021年2月に人文書院より出版しました。
目 次
序論 | 身体と環境をめぐる生政治:「幸せ」にする(なる)ための 介入・操作と主体性 | 服部伸 |
第Ⅰ部 | 身体と環境への介入 | |
食権力論の射程 | 藤原辰史 | |
「風土」と医学 ―幕末・明治初期の「衛生」概念の検討をとおして― | 香西豊子 | |
帝政期ドイツ社会における「移動の自由」と「安全」・「治安」 ―シンティ・ロマ取り締まりをめぐって― | 大谷実 | |
誰が人々を導くのか ―世紀転換期の香港における死体遺棄問題をめぐって― | 小堀慎悟 | |
科学的かつ合理的に ―大正から昭和初期における食改善運動の射程と受容― | 宝月理恵 | |
二〇世紀スイスにおけるイェーニッシェの子どもの強制保護 ―社会福祉事業と子ども観の観点から― | 穐山洋子 | |
オーファンドラッグの出会い損ない | 美馬達哉 | |
第Ⅱ部 | 介入に抗する人びと | |
下面発酵技術の普及と近代ドイツの統治、禁酒運動、民衆運動 | 東風谷太一 | |
治療薬を確保するための闘い ―ホメオパシー患者団体の協会薬局と国家― | 服部伸 | |
退化の時代を生き抜く ―世紀末ドイツ語圏のシオニストの身体言説― | 河合竜太 | |
『ナーサリーワールド』に見る知的障害児の母親の声 ―戦間期~一九五〇年代のイングランド― | 大谷誠 | |
第Ⅲ部 | マニュアルから見える介入と抵抗の技法 | |
近代「植民地」における人と森林の付き合い方 ―ハプスブルク統治下ボスニア・ヘルツェゴヴィナを例として― | 村上亮 | |
いかにモラルと営利を両立させるか ―二〇世紀初頭ポーランドの医療倫理マニュアルを編む― | 福元健之 | |
戦間期イギリスにおける「健康になるためのマニュアル」 —自然療法医の食と健康観― | 御手洗悠紀 | |
よりよく老いる ―ドイツのマニュアルを読む― | ヴィクトリア・エシュバッハ=サボー (井上百子訳) |
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