プレスリリース
水中・室温の温和な条件で一酸化窒素(NO)から窒素ガス(N2)へ変換 〜観測と探求がもたらしたセレンディピティ(偶然の発見)〜
研究のポイント
- 一酸化窒素(NO)ガスを、無害な窒素(N2)ガスへと効率良く変換する方法を発見
- 環境にやさしい温和な条件で、窒素酸化物を効率良く無毒化へ
研究概要
同志社大学理工学部機能分子・生命化学科 北岸宏亮教授らの研究グループは、大気中において大気汚染、光化学スモッグや酸性雨の原因になる一酸化窒素(NO)ガスを、水中・室温の温和な条件において、無害な窒素(N2)ガスへと効率良く変換する方法を発見しました。本発見は、窒素酸化物(NOx)の新しい浄化法になる可能性があるだけでなく、自然界における窒素循環メカニズムに新たな考察の可能性を与えることが期待されます。
研究成果
北岸教授らの研究グループでは、ヘム鉄に類似したポルフィリン化合物と環状オリゴ糖であるシクロデキストリンを組み合わせた人工ヘモグロビン化合物「hemoCD」の合成と、その医療応用に関する研究を展開しており、これまでにhemoCDを用いて一酸化炭素(CO)中毒、硫化水素(H2S)中毒、シアン化水素(HCN)中毒の解毒剤を開発し、その医療実装をめざす研究を実施してきました[文献1,2]( 2023年2月21日 および 2024年12月10日プレスリリース を参照)。
今回の研究では、有毒ガスでありながらも、重要な役割をもつ生理活性ガスとして知られるNOガス(1998年にノーベル医学・生理学賞の受賞対象となった)を研究対象とし、hemoCDとNOの反応についての実験を進めていました[文献3]。その研究の過程において、北岸教授のグループで研究する大学院生(博士後期課程3年)の中上敦貴氏(本発表論文の第一著者)は、hemoCDの水溶液にNOガスを加えると、水溶液から大量の窒素ガスの気泡が発生することを偶然発見しました(図1)。
中上氏はこの現象に興味を持って詳細に原因を追及したところ、pH 3の弱酸性水溶液中で、緩衝液(水中のpHを一定に保つ溶液)の成分としてアミノ酸の一種であるグリシンが入っていると、窒素ガスが大量に発生することを発見しました。窒素の同位体などを用いたさまざまな実験と、九州大学先導物質化学研究所(塩田淑仁准教授)との共同研究による計算化学での解析を行うことで、hemoCDの鉄原子の上に結合したNOガスが、グリシンと反応することによって新たな窒素-窒素(N–N)間結合を生成し、その後の加水分解によって速やかにN2ガスが生成することを証明しました(図2)。
北岸教授は、「水中でhemoCDとNOガスを混合した水溶液の様子をよく観測して、偶然に見つかった新しい化学反応であり、まさにセレンディピティ(偶然による発見)がもたらした研究成果であると言えます。観察した現象を無視せずに深く追及した中上君の研究姿勢が素晴らしかったと思います。」と話します。
さらに北岸教授は、「今回見つかった反応は、これまでに知られていなかった全く新しいN-N間結合の形成であり、自然界における窒素循環のメカニズム解明に役立ちます。また、発電所等においても、窒素酸化物の無毒化処理には、膨大なエネルギーを消費しています。今回見つかった反応は、環境にやさしい温和な条件で、窒素酸化物を効率良く無毒化できるため、工業的な利用も考えられます。」とコメントしています。
本研究成果は「N 2 Generation from Nitric Oxide Coordinated to Iron(III) Porphyrin in Acidic Glycine Buffer」の題目にて国際学術誌American Chemical Society出版のJournal of the American Chemical Society誌に2025年11月25日付(UK時間)で公表されています(オープンアクセス)。
参考文献
[1] Q. Mao, X. Zhao, A. Kiriyama, S. Negi, Y. Fukuda, H. Yoshioka, A. T. Kawaguchi, R. Motterlini, R. Foresti, H. Kitagishi, “A Synthetic Porphyrin as an Effective Dual Antidote Against Carbon Monoxide and Cyanide Poisoning.” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2023, 120, No. e2209924120.
[2] A. Nakagami, Q. Mao, M. Horitani, M. Kodera, H. Kitagishi, “Detoxification of Hydrogen Sulfide by Synthetic Heme Model Compounds.” Sci. Rep. 2024, 14, 29371.
[3] A. Nakagami, T. Tosha, M. Horitani, K. Oohora, T. Hayashi, W. Sato, M. Kubo, M. Kodera, H. Kitagishi, “Nitric Oxide Binding to Ferric and Ferrous Porphyrins Encapsulated in the Cyclodextrin Nanocavities in Aqueous Solution.” Inorg. Chem. 2025, 317 64, 13973−13985.
論文情報
- 掲載誌:Journal of the American Chemical Society
- 論文タイトル:N 2 Generation from Nitric Oxide Coordinated to Iron(III) Porphyrin in Acidic Glycine Buffer
- 著者:Atsuki Nakagami, Yoshihito Shiota, Kyosuke Fujikawa, Masahito Kodera, Hiroaki Kitagishi
- DOI : https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.5c17871
研究者プロフィール
北岸 宏亮(キタギシ ヒロアキ) Hiroaki KITAGISHI
同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科 教授
研究分野:ライフサイエンス / 生体材料学 / 生物分子化学,生体関連化学
同志社大学工学部を卒業後、奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科で修士、同志社大学大学院工学研究科で博士号を取得。大阪大学大学院工学研究科で招聘研究員を務めた後、2008年に同志社大学へ着任。ポルフィリン、シクロデキストリン、ヘム、CO、超分子化学、生物無機化学、生命科学、バイオマテリアルの研究を行っている。90以上の出版物を執筆し、1900以上の引用文献がある。
本研究の資金について
本研究は、文部科学省・日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:24K01640, 25KJ2204)、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究プログラム(京都大学拠点支援、課題番号24ym0126808j)、および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)起業実証支援プログラム(課題番号JPMJSF2305)により実施されました。
本研究に関するお問い合わせ
同志社大学理工学部: 北岸宏亮
Tel:0774-65-7442
Email: hkitagis@mail.doshisha.ac.jp
| 取材に関するお問い合わせ |
同志社大学 広報部広報課
TEL:075-251-3120 |
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