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デジタル社会における自由と多様性の未来~オードリー・タンと語り合う~


同志社創立150周年記念(大学事業)公開シンポジウム

パネルディスカッションの様子はこちらからご覧ください

150th記念シンポジウム_オードリータン_講演1.jpg  (120459)
オードリー・タン氏

基調講演

Plurality(多元性)を展望する 協働するダイバーシティを生み出すテクノロジー

登壇者

オードリー・タン氏
台湾初代デジタル発展相、台湾外交部無任所大使

不完全性の哲学 〜「朽ちる前に公開せよ」が示す協働の原点~

本日はこの素晴らしい同志社創立150周年という機会に、皆様に向けてお話しできることを非常に嬉しく思います。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私の仕事は複雑です。私の原点を深くご理解いただくために、民主主義やテクノロジーの話よりもまず、ある数字の話から始めたいと思います。
その数字は「50%」です。私が5歳になろうとしたとき、医師は私と家族に非常に厳しい見通しを伝えました。私は心臓に病気があり、手術を受けられる年齢まで生き延びられる確率は5割しかないと言われたのです。そのときから毎晩眠りにつくたび、私はコイントスをするような気分になりました。コインの裏が出れば、翌朝目覚めることはないかもしれないと。
そのときから、私には”Publish before perish”、「朽ちる前に公開せよ」という習慣ができました。完全主義にこだわる時間など私にはないと気づいたのです。私は学んだ事をカセット、フロッピーディスク、インターネットへと、次々に記録するようになりました。そして半分ぐらいまで思いついた段階で、ネットに公開するようになったのです。
すると、ある発見をしました。完全なものをネットに発表すると、皆さんは「いいね」を押して去っていきます。しかし私が不完全でぼんやりしたものを発表すると、それが「招待状」となり、皆が身を乗り出して「ここは違う、直させてくれ」と言ってくるのです。このように未完成の考えをシェアすることで、いろいろな人たちとパートナーとして分かち合うことができるようになりました。重要な「ケア」、つまり人同士のつながりが生まれることに気づいたのです。これが私たちの原点になりました。完全なものが必要なわけではなく、私たちは一緒に作るスペースが必要であることに気づいたのです。

最大化OSの限界と「高PPM」環境の発生

Pluralityという概念の話をします。同志社の創設者である新島襄先生は、150年前にさまざまな観点を結びつけ、良心と国際主義によって多様性を貫き、「共に創る」という考えに達しました。ここで私が大好きな詩人、レナード・コーエンの楽曲の歌詞を引用します。

Ring the bells that still can ring
Forget your perfect offering
There is a crack, a crack in everything
That's how the light gets in
―― Leonard Cohen, "Anthem" (from the album “The Future”, 1992)

まだ鳴る鐘を鳴らせ
完璧な捧げ物など忘れよ
あらゆるものに亀裂がある
そこから光が差し込むのだ
(レナード・コーエン「Anthem」より)

今日のデジタル社会には多くの亀裂があります。私のメッセージはとてもシンプルです。亀裂を「ないもの」かのようにしようとするのをやめましょう。代わりに、差し込む光をもって、私たちが共に未来を解き放てる場所を明らかにしようではありませんか。
この亀裂は、歴史的なスピードで発展しているAIのしわざです。AIはこの数年間で、私たちの社会やコミュニケーションのあり方を再編しようとしています。現在私たちは、岐路に立たされているのです。私たちは未来のAIが、人と人、国と国との分断を激化させ、現在の権力構造をさらに強固にし、私たちの自由を制限するものになることを望むでしょうか。それとも私たちはAIを通して協力し、違いを認め、自由と多様性を深める社会を実現したいのでしょうか。アクセルを踏んでAIの発展を加速すべきなのか、リスクを抑えるためにブレーキを踏むべきなのか。しかし、私たちが今フォーカスすべきはスピードではありません。重要なのは、全速力で走る車がどこへ向かうのかという、その「方向」です。一人ひとりがハンドルを持って走行できるような車にすべきです。これこそが多元性を「資産」とみなす考え方です。テクノロジーを使って衝突を避け、私たち一人ひとりのエネルギーを融合させる方向へと進むべきなのです。
これまでの多くの衝突は、功利主義や「最大化OS(オペレーティング・システム)」という理念のもとで回る社会の中で発生しました。このシステムは利益や「いいね」の数など、一つの指標で最高点を叩き出すことを目指すものです。しかし、この考え方をデジタル社会に応用した結果、多くの災難がもたらされました。anti-social media、つまり「反社会的メディア」が生まれてしまったのです。
皆様がよく利用しているSNSでは、約10年前からアルゴリズムが変化しています。従来ユーザーは、興味のある人の情報を自分で追跡していました。現在は「おすすめ」機能を通して情報が検索されていきます。この機能はどんどん「寄生型」になり、私たちを刺激して画面に張り付かせようとします。このような寄生型AIは、私たちの不満や怒りを刺激した方が、より長時間利用してもらえることを発見しました。これは対立の激化を通じてエンゲージメント(※「いいね」やコメントなどの反応)を最大化する手法です。
結果として団結は消え去り、怒りの濃度が高まってきました。私たちは「高PPM」の環境の中で生活しています。このPPMとは二酸化炭素の濃度ではなく、”Polarization Per Minute”、つまり「毎分あたりの分極化(※怒りによる分断の濃度)」です。毎分、数百もの怒りの表現がSNSに上げられ、この高濃度のPPM環境が私たちの認知の安全性、つまり現実と真実の理解を共有する能力を低下させ、多くの事がよく見えなくなってきているのです。それによってインターネット詐欺なども発展しました。私たちはこのような現実に直面しているのです。

新OSへの移行 ~搾取するシステムから多元性へ~

しかし私たちは現実に直面し、団結を模索しなければなりません。それこそが多様性の持つ意味です。現在多くのAI企業が、単におすすめをするだけでなく、生成AIと従来の寄生型AIとを融合させています。これにより、これまでにない対立が生まれていきます。生成型AIがものを生み出す速度は人間を遥かに超えているからです。
例えば生成AIに「人々を画面に張り付かせる時間を最大化せよ」という指示を打ち込むと、大量の情報が生成されます。これは”AI slop”、「AIのゴミ」です。私たちはなぜAIがこのような内容を生成して私たちに見せているのかを考える間もなく、次々に生成されたAI作品を見ることになります。それはジャンクフードのように私たちを悪循環に引き込み、走り続けるハムスターのように止められなくなります。AIの生成スピードが、そのサイクルを加速させるのです。
私はこう思います。人間がAIの仕組みの中に入るべきではなく、AIを私たち人間の仕組みの中で運用すべきです。人類社会は一つの庭のようなものです。庭は単一種の植物だけで構成されるわけではありません。もし私が庭師なら、ブルドーザーを使って猛スピードで土をならし、すべて同じような植物だけを植えたいとは思わないでしょう。良いAIを、多様性を育む良い庭師にたとえるなら、私たち自身がこのAIと一緒に良い仕組みをつくっていく必要があります。今後は搾取するシステムから、多元性のあるシステムへ移行すべきです。

多元性OSの実践 〜対立を燃料に変える「ブリッジング・システム」~

人と人との違いや対立は、私たちが消し去らなければいけない「炎」ではなく、共に創造する原動力となる「燃料」にすることができます。絶対的なコンセンサスがないことを認識しても、必ず重複する部分はあるはずです。それを探すべきです。AIもそれを見つけ出すように学習させるべきです。
この理論を実践するのが「ブリッジング(※橋渡し)・システム」です。十数年前、配車アプリのUberが台湾に進出する際、多くの対立がありました。既存のタクシー運転手、乗客、政府など、それぞれの立場からSNSでも辛らつな意見が交わされ、発言がリツイートされたり、過激なコメントが残されたりして炎上したのです。
そこで私たちはソーシャルメディア・ツールの「Pol.is」に、独自のデザインを加えました。まず、リツイート機能をなくしました。ユーザーはコメントに対して、「賛成」か「不賛成」かのどちらかしか選べません。リツイートもリプライもできません。これを繰り返していくと、賛成した人の意見が自然におすすめされるようになりますが、反対の意見もクリックして見ることができます。「ブリッジング・ボーナス」という制度も導入しました。両方の異なる意見をつなぎ合わせ、両方から「良い」と評価されるような「橋渡しをする意見」を出した人に、報酬が与えられる仕組みです。これにより、従来のように極端な意見が上位に来るのではなく、異なる意見をまとめて双方を説得できる橋渡し役の意見が、最上位に評価されるようになったのです。
その結果、Uberの進出については「既存のタクシー運転手の生活を守るべき」という意見と「交通の混雑時にUberに高いお金を払ってでも車を呼べる方がいい」という意見について、「ピーク時に需要に応じて料金を高くするのは容認するが、交通量の少ないときに既存のタクシー料金を下回る値下げはしない」という橋渡し意見が生まれました。これによって両方が納得し、「皆が少しずつハッピーになり、誰も不幸にならない」共通認識に至りました。誰も取り残されたと感じることなく問題が解決され、タクシー運転手の生活も守られたのです。
また昨年は日本と同じように、台湾でも詐欺広告が多発しました。昨年3月には、Facebookを開くと、台湾系企業のリーダーであるNVIDIAのジェンスン・フアン氏の偽画像などを使い、暗号通貨への投資を呼びかける詐欺広告が横行していました。多くの人が財産を失い、大問題になりました。
しかし台湾には「インターネットは最も自由であるべきで、政府が管理すべきではない」という考えがあります。そこで政府は20万件のショートメッセージを台湾全土の人にランダムに送り、いわば民主的なくじ引きによって解決法を問いかけました。その後、集まった意見の中から、学歴・性別・職業などのバランスを人口構成に応じて考慮し、400人が選ばれました。この400人が10人ずつ約40のオンライン会議室に分かれてブレインストーミングを行い、橋渡し意見を出す作業をしました。「広告の下に『詐欺かもしれない』と書いておく」「ジェンスン・フアン氏の署名がないといけない」「だまされた人がいた場合、広告主の身元確認を怠ったFacebookから罰金を取る」「TikTokなど台湾にオフィスのない企業には法的なペナルティを課せないので、問題のある情報の拡散速度を制限速度のように落とす、つまり言論の自由をゆっくりと取り入れる」など、さまざまな意見が出ました。これらの考え方はAIを通じて、1つの政策提言の骨子にまとめられました。
市民による討論の結果は専門家や学者によって最終的な政策案となり、3月の国会で超党派の支持を得て、電子署名法の改正が行われました。1年経った今は台湾でFacebookを開いても、詐欺広告はまったく出てきません。このように非常にスピーディーな対応を行うことで、互いに討論する力、つまり「市民の筋力」を鍛えてきたわけです。

150th記念シンポジウム_オードリータン_講演3.jpg    (120462)

未来のAI 〜「ケアの倫理」に基づく「良心」と「共生」~

では、未来はどうなるでしょうか。AIのスピードがもっと速くなり、スコアを最大化することに特化していくと、AIにどうやって「良心」を植え付けるのかという倫理的な問題が生じます。私はこの問題についてオックスフォードの哲学者のチームと研究中です。
現在は、”Relational Health”、「関係性の健康」という考え方を用いることにより、AIが最大化しようとするスコアに一定の制限を加えることができるのではないかと考えています。なぜなら「互いに寄り添い合い、助け合う」という「ケア」こそが、チームやコミュニティの中で必要とされるAIの「良心」であると言えるからです。そこで私たちは、良心という「ケアの倫理」に基づいた行動原理として、観察力、責任力、能力、応答力、団結力、共生力の6つの資質をAIに組み込むことを目指しています。
さらに健全な競争を促すため、SNSやAIのアカウントはナンバーポータビリティのように、「友だち」などの情報を失わず別のプラットフォームに移動できる設計にすべきです。またAIと人間との関係は「寄生」ではなく、「共生」になるべきです。AIのプログラムは、作り手である人間からの情報やケアの倫理に基づく判断基準によって作られ、人間もまた、良心を持つAIを信頼して依存する。つまりAIと人間は互恵的な共生関係にあるというのが、私たちの考えです。

「協働する多様性」を支えるもの 〜水平型AIと、デジタル時代の分断を防ぐ4つのルール~

この考え方は、シリコンバレーの考え方とまったく違います。シリコンバレーにおけるAI技術の主流はSingularity(シンギュラリティ)です。これはAIが訓練された結果、単一の超知能が生まれ、この全知全能の神様のような超知能の支配のもとで技術が急速に進展するという考え方です。AIが最終的に全知全能になりながらも、実体のないバーチャルな偶像のようになってしまうのです。
しかし日本には、まったく違う考え方があります。特定の川や特定のコミュニティに関心を寄せてくれる「ローカルな神様」という考え方です。2025年9月、台湾の花蓮県で深刻な水害が発生しました。復旧には、土のうを置いてくれる人、清掃が得意な人、重機を扱う人など、何万人もの素晴らしいスーパーマンが集まってくれました。彼らはニーズのある所に行って分業し、状況を見ながら互いに調整し、一連の復旧プロセスのもとに行動しました。そのため花蓮県の災害復旧は非常に速く進みました。これは、彼ら一人ひとりがレジリエンス(※適応力、しなやかな強さ)を持って協力した結果です。ケアのできる「ローカルな神様」がいたということです。
つまり重要なのは、単一の大きなスーパー汎用型モデルではなく、無数の「支援型の知能」です。例えば法律や農業など特定の分野で力を発揮し、一番身近な問題を解決するAIです。庭師に例えるなら、私たちのためにサービスを提供し、私たちと共生するような庭師です。一対一の対話を通して一人のために垂直型にサービスを提供するのではなく、それぞれの役割に応じて力を合わせ、一つのチームのために水平的に協力できるようなAIにすべきです。
これは、すべてのものをクラウドに上げるのではなく、ローカルのものはローカルのものを使って解決するという理念です。私たちが単一の汎用型AIに全世界の問題を解決してもらおうとするのは、まるでロボットを私たちの代わりにジムに行かせて鍛えてもらうことと同じです。ロボットがどれだけ自身を鍛えても、私たちの筋力が鍛えられるわけではありません。自分たちの筋力は、ローカルな力で鍛えなければならないのです。
私たちはこれらの変革を促すため、SNSにどのような仕組みを作ればよいのでしょうか。1つ目は、表現の自由と拡散の自由を区別することです。まず、どんな人でもSNSに発信はできます。しかし、もしユーザーが検索していないのに、刺激的なものをアルゴリズムがおすすめしてきた場合、プラットフォームに問責できる設計にすべきです。2つ目に、プラットフォームの出口を設計すべきです。今はまだ、特定のSNSから他のプラットフォームに移行するのは非常に難しいですね。しかしアメリカの一部の州では、元のSNSで蓄積した履歴や受け取った「いいね」などを、そのまま別のプラットフォームに移行できる制度が成立しました。このような制度が私たちにも必要です。3つ目は対立があった場合、一番刺激的で極端なものばかりをおすすめするのではなく、多様な意見、中間的な意見も見られるようなアルゴリズムを組み、ブリッジングを促進するデザインにすべきです。現在私たちはXと協力して、今年中にはこの新しいアルゴリズムを運用する見込みです。4つ目に私たちは、「ROOST.tools」などの連邦型オンライン安全フレームワークを開発しています。情報の危険性を判断する基準などを明確にし、ローカルな事情に合わせて判断するように努めています。

次世代への継承 〜AI時代を導く「シビック・ケア」教育~

新たな状況に直面したとき、私たちは「シビック・ケア(※市民的配慮)」の能力をどのように発揮すればいいのでしょうか。2019年、台湾は基本教育のカリキュラムを改定しました。AI時代において、試験で1位を取るような最大化の判断基準は、もはや意味がなくなったからです。誰もAIに勝てなくなったのです。
私たちが教育すべきは「好奇心」「協働する力」「シビック・ケア」の3つです。変動する世界で、これが私たちの教育を導く北極星です。問題や対立意見に直面したとき、違いを見て怒りを感じるのではなく、違いはそのままにして共通部分を探す能力を育てるべきです。新しいカリキュラムで育てられた台湾の新世代の子どもたちは、このシビック・ケアが非常に優れていると評価されています。このようなカリキュラムは、同志社大学を含む多くの学校で実践すべきだと思います。
私たちは大手企業と一般の人々との間の橋渡しについても考えています。それがティーンエイジャーと大手企業、政府との間で対話ができるような仕組みを設計するプロジェクトです。そして学生に良心的な教育をするだけでなく、機械にも良心教育ができることを皆さんに認識していただきたいと思います。機械と人との関係は「搾取」なのか、それとも「共生」なのか。まずそこから考えれば、必ず機械にも良心的な教育をすることが可能です。

速度ではなく「方向性」が重要 〜Pluralityはすでにここにある~

もう一度ここで申し上げたいのは、AIやテクノロジーの発展は、スピードの問題ではなく方向性の問題だということです。一つの機械の問題ではなく、全国民の問題です。キーワードは「ケア」です。ケアによる共生を実現するために、私たちは民主主義の形をとって新しいテクノロジーをデザインしていかなければなりません。
私は台湾初のデジタル大臣でした。台湾語でデジタルは「數位(シューウェイ)」と言います。これは「多元性」という意味も含みます。私の職務内容は、こうです。

When we see the internet of things, let’s make it an internet of beings.
モノのインターネットは、「人のインターネット」にしましょう。

When we see virtual reality, let’s make it a shared reality.
仮想現実は、「共有現実」にしましょう。

When we see machine learning, let’s make it collaborative learning.
機械学習は、「協働学習」にしましょう。

When we see user experience, let’s make it about human experience.
ユーザー体験は、「人間の体験」にしましょう。

Whenever we hear the singularity is near, let us always remember the plurality is here.
「Singularityは近い」と聞くたび、私たちは常に「Plurality(多元性)は今ここにある」ことを思い起こしましょう(※「AIがもうすぐすべてを支配する」と聞くたび、「多元性はすでにここにある、協働こそが必要だ」ということを思い起こしましょう)。

ご清聴ありがとうございました。

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関連情報 同志社大学公式YouTubeチャンネル
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