このページの本文へ移動
ページの先頭です
以下、ナビゲーションになります
以下、本文になります

“D”iscover -Opinion-

Discover

ゲームを入り口に森林保全の担い手を育成
~「ソーシャルグッド」への行動変容~(前編)

河川上流の森林は「緑のダム」とも呼ばれるように、流域を洪水などの災害から守る働きをしている。海へ栄養を供給して生き物を育み支える存在として、漁業の側面から森林の重要性が注目されている。しかし一方で、木材価格の下落や林業従事者の高齢化などで、森林の維持管理が年々難しくなっている。このような状況に対して、「森林保全ゲーム」を開発して林業の理解促進と将来の担い手育成に取り組んでいるのが、同志社大学商学部の瓜生原葉子教授だ。「陸の豊かさを守ろう」をはじめとしたSDGsが掲げる3つの目標達成に貢献する同取り組みや、その土台となるソーシャルマーケティングについて話を伺った。

本研究はAll Doshisha Research Model 2025「“諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ”同志社大学SDGs研究」プロジェクト の2022、2023年度採択課題です。

2024年5月1日 更新
uryuhara-01.jpg (90029)
商学部 瓜生原葉子先生

よりよい 社会の実現に貢献するソーシャルマーケティング

uryuhara-08.jpg (90036)

私の専門分野であるソーシャルマーケティングをひと言で説明すると、「ソーシャルグッドな行動への変容を促す科学的・学際的・体系的な取り組み」です。マーケティングと言えば、コマーシャル(商業的)マーケティングがよく知られています。コマーシャルマーケティングは消費者を対象とし、自社商品の購入やサービスの利用を促し、商品・サービスが売れることを目的としています。対するソーシャルマーケティングが対象とするのは一般の人々です。促すのは「ソーシャルグッド(社会に対して望ましい)」な行動。その行動が増えていくことを目的としています。禁煙やゴミの分別、定期的な運動がソーシャルグッドな行動の身近な一例です。

商品・サービスの購入(購買行動)かソーシャルグッドな行動かという違いはありますが、コマーシャルマーケティングもソーシャルマーケティングも、いずれもが私たちに何らかの行動を促すという点は共通しています。ところが購買行動に比べて、ソーシャルグッドな行動を促すのは難しいという性質があります。

なぜなら、私たちが何らかの行動を起こすとき、それに見合う対価を得られると考えるからです。行動するときに必要なコストと得られるメリットを交換しているとも言えるでしょう。商品・サービスを購入するのは、お金というコストに対して、その金額に値するだけの価値を得られると判断したからです。そしてコマーシャルマーケティングでは、お金を払った時点で商品を手にできたり、サービスを利用したりすることができます。価値をすぐに実感できるのです。

uryuhara-07.jpg (90035)

ソーシャルマーケティングについて、ゴミの分別を例にして考えてみましょう。分別は面倒です。分別にかかる時間と手間というコストと環境保全という得られるメリットをてんびんにかけ、環境保全の方が価値が高いと考えるから、私たちはゴミの分別を行うのです。ところがゴミを分別したその瞬間に環境保全そのものや環境保全に貢献した喜びを実感できるかというと、そうではありません。実感できるまでには長い時間がかかります。するとやがて、「面倒だ」という気持ちが大きくなり、得られる価値とのバランスが逆転してしまうのです。健康のための禁煙や運動でも同じことが言えます。ソーシャルグッドな行動は続けにくい、行動を促すのが難しいという理由がここにあります。

そこでソーシャルマーケティングでは、対象を細分化してそれぞれに最適な方法を考える「セグメント」「ターゲティング」をはじめとして、マーケティングの概念や手法を駆使してソーシャルグッドな行動への変容を促します。心理学や行動経済学、経営学など多分野の理論なども活用するため、学際的な取り組みとも言えます。そして何より、行動変容にこだわることがソーシャルマーケティングの特徴です。ここで言う行動変容は、法律や罰則など強制力をもって行動を変えさせよう、コントロールしようというものではありません。私たち一人ひとりの自発的な意思で、納得して行うものです。これもまた、ソーシャルマーケティングの重要なポイントです。

土砂災害のないまちづくりのために、森林保全を

森林保全について考え始めたのは2020年のことです。この頃、それまでに取り組んでいた医療分野でのSDGsに加えて、さらに新しい分野にも視野を広げる必要性を感じていました。そこで思い浮かんだのが、気候変動や海・緑の保全という日本で課題になっている分野でした。森林保全に対象を定めたのは、ゼミの2期生でありソマノベースという森林関連事業を創業した奥川季花さんの存在がきっかけです。

奥川さんは高校時代に、台風による土砂災害で友人を亡くすというつらい経験をされました。そこから、土砂災害のないまちづくりを考えるようになりました。一般的なイメージでは、山に木を植えれば土砂災害を防ぐことができると考えられがちです。ところが実際は植林しただけでは不十分で、その後の間伐など、適切に山を管理することではじめて、土砂災害に強い山ができるのです。つまり林業という産業自体が大きな役割を果たすのです。

一方で林業の現状はといえば、従事者は高齢化していますし、「きつい仕事」というイメージもあります。担い手が不足しているのです。これらのことを話し合った私たちは、「林業のイメージを変え、将来の担い手を育てていこう」という目標を定めました。そこから誕生したのが、小学生を対象とした森林保全ゲームです。

このゲームは、いわゆる「すごろく」です。ゲームの舞台は林業。コマを進める過程で森林保全に関するポイントを稼ぎます。ただし、社会にいいことをするだけでは課題解決にはいたりません。持続可能にするためには、事業を成長させ、お金も稼いでいかなければならないのです。最終的に、森林保全とお金のポイントの差が小さく、なおかつトータルポイントが多いチームが勝者になります。これは、「保全活動とビジネスとを両立させてこそ、持続的に社会に貢献できる」というメッセージになっています。ここがゲームの一番のポイントであり、開発にあたって苦労した点です。

マス目のなかには、チームメンバー全員で議論をして意思決定を行うものや、「新規事業を立案しましょう」といったものもあります。これは、ソーシャルマーケティングにおいて重要な「課題を自分事化する」という行為を促すための仕掛けです。ゲームの中には林業に関する専門的な言葉も登場します。そこで学生がファシリテーターとなり、言葉の説明や議論の整理役などを務めます。

uryuhara-10.jpg (90038)
奥川季花さん(前列左)とファシリテーター達
uryuhara-12.jpg (90040)
すごろくの感覚でゲームをすすめていく