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“D”iscover -Opinion-

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ゲームを入り口に森林保全の担い手を育成
~「ソーシャルグッド」への行動変容~(後編)

2024年5月15日 更新
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課題を自分事化し、視点を自分から他者へと移していく

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ゲームに取り組む小学生の様子で印象的だったのは、「シカが里に下りて来て畑を荒らす」という問題を取り上げたコマでの出来事です。最初は「シカは悪いやつだ」という意見が多かったのですが、「なぜシカは里に下りてくるのか」を話し合っているうちに、「山が荒れて食べ物が少なくなったから」という原因を知りました。そして、「じゃあ、自分たちにできることは何だろう」という議論が始まったのです。これはまさに課題の「自分事化」です。自分事化とは、相手の気持ちに思いをはせる想像力のことでもあります。相手の立場に立って社会課題や困っている人の思いを想像することが、自分自身の行動を変える出発点になっていくのです。

このゲームには、ファシリテーターを務める学生の成長を促すという効果も伴います。ファシリテーションを行うには、自分自身が林業や森林保全を深く理解しておく必要があります。それは結果として、森林保全に向けたソーシャルグッドな行動へとつながる効果があるのです。

もう一つの効果は、学生の視点が自分自身から他者へと移ったことです。ゼミで熱心に学び活動する学生は、非常に成長意欲が大きいです。それは素晴らしいことなのですが、最初の頃は視点が自分にありました。すなわち、「自分が成長したい」という意識が強いのです。それがゲームの開発に携わり、ファシリテーターを務めることで、「子どもたちがゲームを通じて成長してくれたことがうれしい」と言うようになりました。視点が他者に移ったのです。「相手の立場に立って想像する」という、ソーシャルグッドの実現に向けて欠かせない力が、他者と共に創ることを通じて身についたと言えます。

「知らないことを知ることができた」「事業を企画することが楽しかった」など、ゲームを体験した小学生からは好評が寄せられました。保護者の83.6%が「同様の授業を受けさせたい」、教員の79.4%が「同様の教材を授業に取り入れたい」と回答しており、教育効果の高さにも期待が寄せられています。今後は教育現場への普及を目指し、ゲームの内容やファシリテーションの方法などをブラッシュアップしていきたいと考えています。

相手の思いを想像することが、SDGs達成につながっていく

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冒頭にもお話ししたとおり、ソーシャルマーケティングとは「ソーシャルグッドな行動への変容を促す科学的・学際的・体系的な取り組み」です。ソーシャルグッドな行動の先に見つめているのは、課題が解決されて誰もが幸せや生きやすさを実感できる社会です。それはすなわち、SDGsが達成されたwell-beingな社会です。ソーシャルマーケティングの考え方を備えた人が増えること、あるいはソーシャルマーケティングの手法を用いた取り組みが広がっていくことは、SDGsの達成に大きく貢献します。

SDGsは医療や教育、経済、自然環境など、ともすれば専門分野ごとに分断されがちです。しかし本来は、「ソーシャルグッドの実現」という一つの思いに集約されているはずです。ということは、SDGsの何か一つの分野に興味があるならば他の分野にも共感し、興味を広げていくことが可能なのです。そのような思いから取り組んだのが、2023年に開催した「超エコ祭」です。

超ECO祭は、医療・健康、環境をテーマにした13のブースを設け、スタンプラリー形式で各ブースを回りながらECOについて考えることができる体験型イベントです。「レンチンでできる!ヘルシー朝食クッキング(朝食の習慣化の促進)」「オーラル脱出ゲーム(口腔ケアの促進)」など、簡単に実践でき、ゲームを楽しみながら学ぶことができるブースを用意しました。それらにはすべて、社会課題への理解を深め、日常における行動変容を促すというソーシャルマーケティングの手法を取り入れています。

ソーシャルマーケティング、そしてSDGsを考えるうえで大切なのは、「どれだけ課題を自分事化できるか」という点です。相手に寄り添い、「自分だったらどう思うだろう? どうするだろう?」と考えることが、ソーシャルグッドな行動へとつながっていきます。そのような思いやりを持った人を育てていき、増やしていくことがSDGsの達成に貢献すると考えています。

小さな一つの行動が連鎖し、よりよい社会を作る大きなうねりになる

ソーシャルマーケティングが促そうとしている行動変容は、法律や罰則による強制力をともなったものではありません。こちらからの価値観の一方的な押しつけでもありません。本人が納得し、自発的に行動を変えるのです。そこに至るまでには、他者との対話と理解が欠かせません。これは、同志社大学の良心教育に通じるものがあると考えています。良心には「共に知る」という意味があるからです。ソーシャルマーケティングを学び、研究し、実践するうえで同志社大学は非常に適した環境なのです。

ソーシャルマーケティングはよりよい社会の実現を見つめています。社会を良くするなんて、大それたことだと思うかもしれません。自分一人が行動したところで、何も変わらないと思う人もいるでしょう。でもそれは違います。「自分には何ができるだろうか?」と考え、一歩を踏み出すのです。するときっと、あなたの姿を見た仲間も一歩を踏み出します。それが連鎖していった結果が、SDGsの実現です。あなたの最初の一歩が、社会を変えるのです。ともにソーシャルグッドを目指していきましょう。

瓜生原 葉子 プロフィール

同志社大学商学部教授、ソーシャルマーケティング研究センターセンター長。薬学部を卒業後、外資系製薬企業に20年間勤務し、臨床開発、戦略企画、マーケティングなどに従事。その後、医療系コンサルティング会社代表を務める。神戸大学大学院経営学研究科でMBAと博士号(経営学)を取得後、大阪大学大学院医学系研究科医学専攻博士課程を経て2013年4月に京都大学大学院医学研究科助教。2014年4月より同志社大学。2021年4月、ソーシャルマーケティング研究の日本拠点として、同志社大学に「ソーシャルマーケティング研究センター」を創設。