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「配慮義務」の理論化の先に見つめる、幸せな働き方が実現する社会~同志社大学 若き研究者の挑戦~(後編)
「配慮義務」の理論化の先に見つめる、幸せな働き方が実現する社会~同志社大学 若き研究者の挑戦~(後編)
他分野の院生と交流することで得られる大切な視点
SPRING には博士後期課程1年目から採択され、研究奨励費や研究費などの支援を受けています。昨年度の研究費の大半は、国内外の専門書の購入にあてました。法律の研究者にとって、研究に必要となる本をそろえることができるかはとても重要です。専門書は一度読んで終わるものではなく、新たな研究に取り組むたびに読み返し、長く使い続けます。そういう意味でSPRING による支援は、現在の研究を支えるだけでなく、研究者としての長期的な基盤づくりをサポートしてくれているとも言えます。
今年のドイツ再訪時に、ハンブルクの研究所で見つけた文献
昨年秋には、SPRINGの海外活動費を活用して、比較法の対象国であるドイツのゲッティンゲン大学に1カ月弱滞在しました。法律は単なる文字の並びではなく、社会のなかで実際に運用されているものです。現地の暮らしに触れて初めて、実感を伴って理解できることがあります。例えばドイツでは、日曜・祝日は休息の日であるという考え方などを背景に、州ごとの閉店法などにより、小売店は原則として休業します。パン屋や薬局などに例外はありますが、日本と比べると、日曜・祝日に買い物のできる場所は限られています。私も初めは不便に感じましたが、暮らすうちに慣れ、それでも生活は十分に成り立つことが分かりました。法律が運用されている社会で生活し、その国の空気を実際に吸うことができたのは、貴重な経験でした。
SPRING のプログラムのなかには、博士後期課程の学生同士の交流の機会もあります。専門の異なる学生との対話は、自分の研究を別の角度から捉え直す良い機会となります。印象的だったのは、理系の学生から「理系は数字で白黒がつくけれど、法学の正しさとは、何によって決まるんですか?」とたずねられたことです。法学の答えは数字では決まるものでもなく、条文にあてはめれば自動的に出るだけのものでもありません。どのような規範を設け、また、どのように適用するかを考える際には、誰のどの利益を重視するのかという価値判断が不可欠に含まれます。とはいえ、それを判断する人の恣意にゆだねるわけにはいきません。だからこそ、判断の理由を示し、他者にも納得できる形で説明する必要があり、これが正しさにつながってくると考えられます。ですが、このようなことは普段はあまり意識しないだけに、その場ではうまく言葉にできた気がしませんでした。帰ってから調べ直したことで、自分が日頃取り組んでいる法学とは何かを見つめ直せました。専門の外から問いを投げかけられて初めて気づくことがあり、そうした気づきをもっているかどうかで、研究に取り組む視点も大きく違ってくるように思います。
所属する同志社大学の法学研究科は、日本でも指折りの活気あふれる研究科ではないでしょうか。研究者志望の学生だけでなく、企業の法務部門などへの就職を目指す学生にも広く門戸を開いている点に特色があります。そのため、学生数が多く、授業やゼミではさまざまな考え方に触れながら活発に意見を交わせます。専門分野を越えて先輩・後輩の距離が近く、私も後輩から相談を受け、一緒に考える機会も少なくありません。人に教えるというのは、自分の知識も整理できますし、伝える力も養われます。
同志社大学の今出川キャンパスは歴史ある建物が立ち並び、すぐ隣には京都御苑があります。これは思考を整理するうえではとても有益です。研究の合間に散歩をしながら思考を整理できる、とても恵まれた環境だと感じています。京都は都会でありながら山が見え、水や緑も身近な街です。長野県出身の私にとって、落ち着いた環境で研究に取り組めるというのもうれしいポイントです。
世界を視野に入れながら、より豊かな雇用社会の実現に貢献を
今後の目標は、まずは配慮義務をテーマにした博士論文をまとめることです。ある先生から、「法学の研究者は夢を語ることが仕事だ」と教わったことがあります。それは、単に理想を語ることではなく、実現したい社会の姿を描き、それを支える理論を、他者が納得できる形で示すことなのだと、私は捉えています。こうした研究を通じて、働く人が仕事を続けながら、自らの生活や将来を主体的に選ぶことのできる、より豊かな雇用社会を支える理論的な基盤を示したいと考えています。
また、ドイツ法の研究全般にも力を入れたいと考えています。労働法を含めて、日本の民法や労働法は、歴史的にドイツ法から大きな影響を受けて発展してきました。現在でも、社会の変化に応じた法制度を構想し、日本の法的課題を分析するうえで、ドイツ法は重要な比較研究の対象であり、とりわけ立法政策の比重が高まる労働法分野では、政策立案においても欠かせない参照対象となっています。ドイツ法を深く理解するには、法制度だけでなく、背景にある社会の仕組みを知り、ドイツ語力を高めることも欠かせません。配慮義務の研究にとどまらず、ドイツ労働法研究者として、日本の労働法や労働政策の発展に貢献したいと考えています。
さらに、このように外国法を日本法の解釈や立法に生かすという伝統的な方向性とは反対に、日本の雇用社会や労働法が海外からどのように見えるのかという方向の視点も重要だと感じています。チューリッヒ大学から同志社大学に留学していた学生が、日本法とスイス法の比較研究に取り組み、修士論文を執筆しました。その研究を一緒に考えるなかで、日本法を外からの視点で捉え直す面白さに気づきました。こうした経験を踏まえて、今後は、日本の労働法や雇用社会について海外に発信することにも力を入れたいと考えています。この点で、SPRING による英語プレゼンテーションの支援や、海外での研究発表の経験が豊富な他分野の学生との交流も、非常にありがたい機会です。海外の研究者ときちんと議論し、双方向の比較法研究を進められる研究者になることも、これからの目標の1つです。
目の前のことに情熱を注げば、新たな世界が見えてくる
目の前のことに情熱を注げば、新たな世界が見えてくる
法学研究科への進学や企業法務プログラムに関心をもつ後輩の皆さんには、研究に取り組むことの意義についての私の考えを伝えたいです。法学研究科の博士前期課程では、学部や法科大学院とは異なり、法律の知識を学ぶだけでなく、自ら問いを立て、文献や判例を調べ、その成果を修士論文としてまとめるという研究に取り組みます。私自身、当初は企業法務への就職を考えて大学院へ進学しましたが、当時は、実務に出るのになぜ研究まで必要なのかと疑問に思っていたところがありました。
企業法務の現場では、法令や判例を調べ、基本的な考え方を整理する作業について、今後ますますAIを活用したリーガルテックによる支援が広がるといわれています。しかし、実務では、既存のルールを当てはめるだけでは答えの出ない問題にも直面します。そこでは、自らが所属する組織がどのような利益や価値を重視するのか、その判断が周囲のステークホルダーにどのような影響を及ぼすのかを考えたうえで、妥当な結論を選び、その判断を法的に構成し、他者に説明し、正当化する力が人間には求められるようになるといわれています。
法学研究においても、答えの定まっていない問題について、その背景にある利益や価値にまでさかのぼって考え、目指すべき社会の姿を描き、それを支える法的理論を構成するという思考を繰り返します。このような過程で問題と格闘することは、まさに、リーガルテックが発展する時代の実務において人間に求められる力を鍛えることにほかならないように思います。私自身もそうでしたが、博士前期課程では、実務的な知識やスキルの習得に目が向きがちです。しかし、泥臭く研究に向き合うことは、何を重視すべきかを判断し、その判断を法的な理論として組み立て、他者に説明するという、実務にも通じる力を鍛えるトレーニングになるのではないかと思います。
高校生をはじめ、これから進路を考える皆さんには、「目の前のことに一生懸命になってみて」とお伝えしたいです。私自身、いま研究に取り組む毎日をとても楽しいと感じています。振り返れば、自分が面白いと感じ、夢中になってきたことの延長線上に、現在の研究があります。楽しいと思えることや、面白いと思えることを突き詰めると、人生はとても豊かになります。でも、そういったものにまだ出会っていない人も多いでしょう。だからこそ、まずは目の前の一つのことに情熱を注いでみてください。そうすることで、それまで見えていなかった世界が見えてくることがあります。高校時代に見つからなくても慌てる必要はありません。大学で出会える可能性だって十分にあります。
一方、すでに好きなことや挑戦したいことがある人には、ぜひ一歩を踏み出してほしいと思います。もちろん、それを続けるには、時間や経済的な余裕、周囲の理解や支援など、さまざまな条件が必要です。私自身も、SPRINGの支援があるからこそ研究を継続できています。気持ちだけですべてを乗り越えられるわけではありませんが、必要な支援や環境を探しながら、自分の「好き」を簡単に手放さないでほしいと思います。迷ったときは、心のコンパスに従うことがお勧めです。