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“D”iscover -Opinion-

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ターゲットは“永遠の化学物質”。
PFASを除去して安全な水を供給する(前編)

かつては消火剤やフライパンのコーティング剤などに使われていたものの、人への毒性が指摘され現在では使用が制限されているパーフルオロアルキル化合物(PFAS)。自然界に放出されると水に蓄積されることが明らかになっており、SDGsが掲げる「安全な水とトイレを世界中に」という目標達成のためには、PFASを除去する技術の確立が欠かせない。イオン液体や深共晶溶媒を用いて新たなPFAS分離技術の開発に挑む、同志社大学理工学部化学システム創成工学科の松本道明教授に話を伺った。

 本研究はAll Doshisha Research Model 2025「“諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ”同志社大学SDGs研究」プロジェクト の2022年度採択課題です。

2024年5月20日 更新
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理工学部教授 松本 道明

狙った物質を効率よく取り出す

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私が取り組むのは、「分離工学」と呼ばれる領域です。様々な物質が溶け込んだ液体などの中から、狙った物質だけを分離させたり、濃縮させて抽出することを目指す研究領域です。

最初に取り組んだのは、排液などから有害金属を取り出す研究です。分離工学には、水と油などの混ざり合わない2種類の液体を用いて、狙った物質を分離・濃縮させる手法があります。例えばターゲットとなる物質が水よりも油に溶けやすいという性質を持っていれば、油の中に物質を分離させて集めることができます。このあと、油だけを取り出して蒸発させると、狙った物質を濃縮して抽出することも可能なのです。

このような研究の中で、油に替わる溶媒として出会ったのがイオン液体です。イオン性物質は食塩に代表されるように、常温では固体です。ところがイオン液体はその名の通り、常温で液体という変わった性質を持ちます。油は揮発性が高く有害であることに対して、イオン液体はそういった心配もありません。そこで、新たな溶媒としての可能性が注目されたのです。

私が取り組んだのは、アミノ酸や乳酸など、菌の活動によって作られる発酵生産物の分離・精製です。イオン液体は菌の活動に影響を与えることがわかったのです。研究の結果、木材チップからセルロースや糖を効率的に取り出すことが可能になりました。

しかしイオン液体は、高価なうえに作るのに手間がかかるという課題がありました。この課題を解決するのが、イオン液体の一種である「プロトン性イオン液体」です。このイオン液体は従来のよう複雑な生成プロセスが不要で、混ぜるだけで作れてしまいます。さらに、固体同士を混ぜるとイオン液体になるという非常に手間いらずの「深共晶溶媒」の存在も知られるようになりました。これら2つを用いることで、新たな分離技術を開発できるのではないかと考えました。

安定しているがゆえにやっかいなPFAS

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FASの分離・回収に向けた研究は、プロトン性イオン液体と深共晶溶媒を用いた新技術を考えるなかから生まれてきました。ポーランド人研究者と共同で研究がスタートしました。

PFASとは、4700種を超える有機フッ素化合物の総称です。性質が非常に安定しているため使い勝手が良く、消火剤やフライパンのコーティング剤などとして使われてきました。しかし人体への有害性が指摘されるようになり、現在では使用が制限されています。

問題は、PFASは性質が安定しているがゆえに分解もされにくいことです。「永遠の化学物質」とも呼ばれる理由がここにあります。自然界に放出されると水に溶けて蓄積され、アメリカでは大半の水道水に含まれてしまっているほどです。PFASの中でも特に注意が必要なのは、パーフルオロオクタン酸(PFOA)とパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の2種類です。PFOSについては、1リットルあたり50ナノグラムが上限値と環境省によって定められています。ところが日本各地の湖で調査したところ、上限値を上回る場所がいくつも見つかりました。安全な水の供給のためには、PFOSをはじめとしてPFASの除去が不可欠だと言えます。

1リットルあたり50ナノグラムというのは非常に微量です。PFASを含む水そのものを処分しようとすると膨大な量になり、現実的ではありません。濃縮させて水の量を減らす、あるいはPFASだけを取り出すなどといったプロセスが不可欠なのです。

この目的のためにすでに用いられているのが、活性炭です。しかしPFASを除去する性能は決して十分だとは言えません。樹脂にPFASを吸着させる「イオン交換樹脂」も実用化されています。この技術の難点は、樹脂が高額なことです。そのため本来は吸着したPFASを樹脂から剥がし、樹脂を再利用したいのです。ところが剥がす技術が確立されていません。その結果、樹脂ごと燃やすことでPFASを最終処分しています。これは経済的に非効率であり、PFASの処分技術としては残念ながら不十分です。このような背景から、イオン液体や深共晶溶媒を使ってPFASを分離・濃縮しようという考えに至りました。