“D”iscover -Opinion-
ターゲットは“永遠の化学物質”。
PFASを除去して安全な水を供給する(後編)
イオン液体を用いた効率的な回収が可能に
研究では、PFOAをターゲットにして分離・回収技術の開発に取り組んでいます。まずは先行研究などに基づき、276種類のイオン液体を候補として絞り込みました。そこから計算化学的にスクリーニングを行い、ピバル酸トリヘキシルテトラデシルホスホニウム([P66614][Piv])がPFOAの抽出には最適であることを突き止めました。[P66614][Piv]を用いて実験したところ80~90%という非常に高い回収率を示しました。
ただ、[P66614][Piv]は繰り返し使用しているうちに分解して性質が変わってしまい、PFOAの回収ができなくなることもわかりました。そこで、性質が安定した新たなイオン液体を開発しました。こちらはPFOAの回収率が80%弱とやや劣りますが、長期間にわたって繰り返し使用できるというメリットがあります。
ところがこのイオン液体は、大量に作ることができないという課題がありました。そこで、膜に練り込むことで効率よくPFOAを回収する仕組みを考えました。「膜抽出」と呼ばれる仕組みです。
今後は膜抽出をさらに進めて、「膜透過」と呼ばれる仕組みを開発したいです。現在の膜抽出では、膜に吸着したPFOAを剥がすというプロセスが必要になります。対する膜透過では、PFOAを含んだ水を膜に通すと、濃縮液を濾し取ることができます。効率的にPFOAを処理できる膜透過システムについては、今のところ世界で報告例がありません。1日でも早く実現したいと考えています。
深共晶溶媒は現在、様々な研究者が理論化学計算を通じてスクリーニングを行っています。低濃度の水溶液からPFASを抽出する能力に関しては、イオン液体よりも優れていることもわかってきました。しかし、実験に基づく報告例はまだありません。どれぐらい繰り返して使用できるかもわかっていません。これらの未知の領域にも、今後チャレンジしていきたいです。
ともに、新しいことを!
PFASは研究者にとって、非常に難しい物質です。なぜなら、これまでの知見や経験の延長では通用しないことがたくさんあるからです。ブレークスルーが必要な相手だと言えます。ただ、そこがおもしろさでもあり、研究するだけの価値がある相手だとも思っています。
難しい相手を研究するうえで、同志社大学という環境に助けられている場面もたくさんあります。学内には大型の研究機器があり、共有施設として誰もが利用できることは非常にありがたいです。
自由を大切にする校風も研究を後押ししてくれます。この校風は、特に学生にしっかりと浸透しています。興味ある研究テーマを自由に見つけてきて、主体的に研究に取り組むのです。そういった姿に私が刺激を受けたり、研究のヒントをもらうこともあります。
私は学生時代、先生から「エトバス・ノイエス」という言葉を教わりました。ドイツ語で「何か新しいこと」という意味です。教員として私も、学生たちにこの言葉を伝えています。そして、どんな小さなことでもいいので、一緒になって何か新しいことを明らかにしていきたいと考えています。PFASだけに限らず、興味あるテーマに自由に取り組む学生たちと、ともに「何か新しいこと」に出会えることが楽しみです。
松本 道明 プロフィール
同志社大学理工学部化学システム創成工学科教授。工学博士。主な研究分野は反応工学、プロセスシステム工学、バイオ機能応用、バイオプロセス工学。九州大学工学部助手、大分大学工学部助教授などを経て1994年から同志社大学に在籍。2008年より現職。