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“D”iscover -Opinion-

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竹林とSDGsの関係とは?(前編)

気候変動が危機的状況にある中、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)達成のために私たちは何ができるのか――。同志社大学では課題解決のための研究をより一層推進するために一昨年、All Doshisha Research Model 2025「“諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ”同志社大学SDGs研究」プロジェクト (※)が始まった。今回は2022年に採択された17件の研究課題のひとつで、京都の特徴的な竹林に着目した「竹林SDGsを通じたグリーン・コモンズの創出」(以下、竹林SDGs)をご紹介。本研究に取り組む総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース教授の大和田順子先生に、研究に至るまでの経緯について伺った。

※All Doshisha Research Model 2025「“諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ” 同志社大学SDGs研究」プロジェクト
同志社大学のルーツとなる同志社英学校の創立者、新島襄は、「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ」という言葉を遺していますが、その本質は SDGs取組の過程で、「誰一人取り残さない(no one will be left behind)」ことを誓っていることに通じます。 「同志社大学ビジョン2025」の実現に向けて‐All Doshisha Research Model 2025‐を立ち上げ、2022年度より 3年間にわたりSDGs達成のための研究課題を支援することによって、個々の研究を一層推進させるとともに、融合研究の創造を支援し、SDGs に取り組む「同志社」を国内外に発信します。

2024年3月1日 更新
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総合政策科学研究科 大和田 順子 先生

百貨店の総合職からキャリアをスタート

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同志社大学の教員として学生とともに研究に取り組むようになって3年になります。それまでは40年近く、社会人として民間企業でマーケティングの実務や、フリーランスとして環境に配慮したライフスタイルや地域活性化に関わる活動に携わってきました。改めて、半生を振り返ると、一貫して「自然環境や美しい景観を守りながら、豊かな暮らしを将来につなげていくには何ができるのか?」という、まさにSDGsの理念に通じるところがあったように思います。

私の原点は大学卒業後、東京の百貨店に総合職として就職して企画から営業、販売などを経験し、数年後にグループ企業のシンクタンクで調査研究に出会ったことだと思います。調査していた内容は、ある電鉄沿線住民の意識と行動を調べて分析し、データをもとに沿線の価値や住民満足度を高めるにはどのような新規事業が必要であるかについて検討するというものでした。とても興味深く、やりがいがあるものでした。

その仕事を通して調査研究の魅力に目覚めた私は、自主研究で「コーポレートシチズンシップ」、いわゆる「企業市民」という概念に出会いました。どのような企業があるのだろうと調べていくうちに、「THE BODY SHOP」というイギリスの自然化粧品の会社を知ったのです。

「THE BODY SHOP」の経営理念に共鳴して

「THE BODY SHOP」は1976年にアニータ・ロディックという英国人女性が創業した会社で、化粧品分野での動物実験反対や3R(Reduce・Reuse・Recycle)、人権擁護やDV反対といった活動を店頭で顧客に呼びかけて、社会変革キャンペーンを展開していました。彼女はある程度ビジネスが軌道に乗ってからは「収益性と社会性が経営の両輪である」と唱えるようになり、あらゆる社会課題の解決に情熱を傾けていました。

私は彼女の経営理念や志に深く共感しました。当時の私は消費生活アドバイザーの資格を取得し、百貨店の女子社員と協働して社員向けの環境教育冊子『百貨店人のためのエコロジーハンドブック』の作成に取り組んでいました。「世の中を良くするお買い物」をテーマに、百貨店で扱っているものが環境問題とどのように関わっているのかを調べたものです。

その活動が話題となって、当時、日本での「THE BODY SHOP」運営を担っていた会社の女性社長との対談が実現しました。そのご縁がきっかけとなり、かねてより憧れていた「THE BODY SHOP」への転職を果たしたのです。

ビジュアルとアートが人々の行動を変える

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「THE BODY SHOP」には7年間在籍しました。コミュニケーション部長として自社の理念を商品や活動を通じて消費者に伝えることに、大変やりがいを感じました。

創業者の座右の銘「You can make a difference.」、つまり「世の中を変えるのは私たち一人ひとり。変化を作り出すことができるのだ」という考え方に私は共鳴しました。当時の「THE BODY SHOP」の広報宣伝はある意味センセーショナルでした。例えば動物実験反対を訴えるためにポスターを世界各国のキャンペーンで使用するのですが、リアルな画像やイラストに強烈な印象を受けた消費者は少なくなかったと思います。

1枚のポスターでいかに消費者にインパクトを与え、行動の変容につなげるのか――。商品の価値や背景にある企業理念を伝えるのに、ビジュアルや芸術性が大きく影響することを知りました。当時の日本にはそのような手法は斬新でした。

新たなライフスタイル「LOHAS」との出会い

「THE BODY SHOP」での仕事を通して、さらに社会変革に傾倒していった私は環境コンサルティング会社に転職。そこで出会った米国人の社外取締役から、新しいライフスタイルが米国で生まれていることを聞きました。それが「LOHAS(ロハス)」です。私が長年思い描いていた、環境に配慮したライフスタイルを普及するのにぴったりなコンセプトだと思いました。

コロラド州で開催された「ロハス会議」に出席し、その様子を日経新聞に寄稿。後に、その記事が日本で最初にロハスを紹介した記事と言われるようになりました。その後、一念発起し、「ロハス・ビジネス・アライアンス」という団体を発足させ、『日本をロハスに変える30の方法』(講談社)や『ロハスビジネス』(朝日新書)などを共著で出版し、ロハスを日本に普及する活動に取り組みました。ロハスは有機農法、自然エネルギー、ローカル経済を大切にする暮らし方です。では、日本ではどのようになっているのだろうか、という問いの元、日本各地で調査に取り組みました。その内容をまとめ、2011年、『アグリ・コミュニティビジネス』(学芸出版社)という著書を発表しました。農山村の資源を利活用し、都市と農山村が交流して幸せな社会を作ることを提唱するという内容です。

震災復興への取り組みから学術研究の道へ

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出版の翌月、東日本大震災が発生。私は地域資源と都市農村交流を組み合わせることで、どのように被災地の復興に活用できるか、地元の女性たちと一緒に考えました。その中から生まれたプロジェクトの一つが、いわきのNPO法人ザ・ピープルが中心となった「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」です。福島県いわき市周辺の耕作放棄地で、環境に配慮した有機農法でコットンを育て、ものづくりを行うという取り組みです。この挑戦の中で、地域の豊かな自然環境は私たちの宝物であり、SDGsが提唱する17の指標のいくつかに対するアプローチが可能であることに気づきました。また、宮城県大崎市でも復興プロジェクトとして渡り鳥のマガンと共生する農業を絵本や映像、イベント等を通じて都市部の消費者に伝える活動に市役所の皆さんと一緒に取り組みました。

このような活動を継続する中で、地域活性化や復興プロジェクトの効果をもっと高めるにはどうすればよいのかという問題意識が芽生え始めました。そこで、宮城大学の大学院で事業構想学を学ぶことにしました。その頃、学術研究の道が開かれた私は現在、同志社大学で取り組んでいる「竹林SDGs」のプロジェクトの源泉である国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」と出会ったのです。