このページの本文へ移動
ページの先頭です
以下、ナビゲーションになります
以下、本文になります

“D”iscover -Opinion-

Discover

O157治療薬開発の経験を活かし、COVID-19の治療薬開発に挑む(前編)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な大流行にともなって、治療薬の開発に向けた様々な研究が行われた。ワクチンの開発も過去に例を見ないほどのスピードで実現した。しかし一方で、ワクチン供給が先進国に偏るなど、医療や健康に関する格差という課題も浮き彫りになった。

ウィズコロナの時代において世界の誰もが安心して暮らすことができる社会を実現するには、さらなる医療体制の充実や医療技術の進歩が欠かせない。SDGsの目標の一つに掲げられた「すべての人に健康と福祉を」という目標の実現に向けてCOVID-19の治療薬開発に取り組む、同志社大学生命医科学部医生命システム学科の髙橋美帆助教に話を伺った。

本研究はAll Doshisha Research Model 2025「“諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ”同志社大学SDGs研究」プロジェクト 2022~2024年度採択課題です。

2024年6月13日 更新
takahashimiho-02.jpg (90861)
生命医科学部助教 髙橋 美帆

食中毒の舞台裏で起こっている「クラスター効果」をブロックする

takahashimiho-09.jpg (90868)

O157に代表される、腸管出血性大腸菌感染症の治療薬を開発することが私の大きな研究テーマです。O157は1996年に大阪府堺市の学校給食で集団感染が発生し、深刻な社会問題になりました。その後、注意喚起や対策が進みはしましたが、現在も国内では年間3,000~4,000人の感染者が報告されています。そして有効な治療薬はいまだに開発されていません。また、抗生物質の使用は症状を悪化させる可能性が指摘されており、積極的な使用は推奨されていません。そこで私は、治療薬の開発を目指して研究を行っています。

腸管出血性大腸菌感染症は、本菌に汚染された食品などを摂取することで発症します。感染すると、主に下痢や出血性大腸炎などの消化管障害が引き起こされますが、まれに重症化すると、脳や腎臓が障害され、重い合併症を併発することがあります。主な病原因子は、本菌から産生されるタンパク質、志賀毒素(Stx)です。Stxは毒素活性をもつA-サブユニット1分子と、毒素を運ぶ役割を持つB-サブユニット5分子からなります(図1)。B-サブユニットは標的細胞の表面にある受容体と結合する性質があり、この結合をきっかけにStxは細胞内に侵入します。その後、Aサブユニットの毒素活性によって、細胞のタンパク質合成が阻害されるため細胞は死にます。

takahashi_illust1.jpg (91017)
図1)Stxを構成しているA-サブユニットとB-サブユニット5量体、それぞれを共通して阻害するペプチドを見出した。StxはA-サブユニットとB-サブユニット5量体から構成されている。A-サブユニットはポケット構造をした触媒部位を持つ。4価型阻害ペプチドはB-サブユニット5量体に結合するが、A-サブユニットには結合しない。一方、モノマー型阻害ペプチドはA-サブユニットに結合するが、B-サブユニット5量体には結合しない。両阻害ペプチドは共通したアミノ酸配列を持つ(図中黄色矢印)。

私たちは、Stxの標的細胞への侵入をとめるために、B-サブユニットと受容体の結合を阻害するような薬を作ることにしました。Bサブユニットは5分子が集まってできた5量体タンパク質で、Bサブユニット1分子につき、3個の受容体と結合することができます。したがって、5量体では合計15個の受容体と結合します。このように、多価対多価の分子同士が相互作用をすると、結合する力は1対1で結合するときに比べて数万倍以上高まります。クラスター効果と呼ばれるこの現象が、強い毒性の背景にあるのです。

このことから私たちは、「Bサブユニット5量体に結合するために薬剤自体を多価にする。そうすれば自身がクラスター効果をもって、強くB-サブユニットに結合するようになる」と考えました。また、合成が簡単なペプチドで薬剤を作ることにし、多価型ペプチドライブラリー法を開発しました。ペプチドライブラリーとは、ランダムなアミノ酸配列からなるペプチドが集まったもののことで、この場合には、分岐した核構造にアミノ酸配列が組み込まれており、ペプチドは多価型構造をとっています。このライブラリーを使って、目的のタンパク質に強く結合する最適なアミノ酸配列を見つけ出します。研究の結果、B-サブユニット5量体に強く結合する多価型ペプチドを複数種類同定することができました。

現在までに、マウスやサル(ヒヒ(Paploc.anubls))で実験を行い、これら多価型ペプチドが、Stxによる個体毒性を顕著に阻害できることが確認されています。さらに、これは本当に偶然だったのですが、このペプチドは、1本ずつ切り離したモノマー型にすると、Bサブユニットには結合せず、A-サブユニットの毒性発揮に重要な部位に強く結合し、Stxの毒性を顕著に阻害することが新たにわかりました。いろいろ調べましたが、モノマー型と多価型は、それぞれ特異性を持って異なるサブユニットに結合することがわかりました。まさに「1粒で2度おいしい」ペプチドだったのです。

takahashimiho-06.jpg (90865)

図の出典:https://www.amed.go.jp/news/release_20210510-02.html