“D”iscover -Opinion-
O157治療薬開発の経験を活かし、COVID-19の治療薬開発に挑む(後編)
COVID-19の原因ウイルスを標的とした薬をペプチドで作る
COVID-19に対する研究は2022年度から取り組んでいます。COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は、ウイルス粒子の表面にSタンパク質があります。Sタンパク質が人の細胞の表面にあるACE2という受容体に結合すると、ウイルスは細胞内に侵入します。またこのとき、三量体のSタンパク質がACE2二量体と相互作用することが報告されています。Sタンパク質は3量体です。そして、受容体であるACE2は2量体です。つまり、ここにも「多価対多価」の相互作用があると考えました。これまでの経験を活かすことができると考え、COVID-19の治療薬開発に挑戦しました。
研究のポイントは、SARS-CoV-2に強く結合することで、ACE2との相互作用を阻害する、多価ペプチドを見つけ出すことです。そこでここでも多価型ペプチドライブラリー法を採用しました。
詳細な解析は現在も進行中ですが、結果として、Sタンパクに強く結合する多価型ペプチドを複数種類みつけました。ペプチドのなかには、SタンパクとACE2の相互作用を効率よく阻害するものがありましたし、相互作用をむしろ増強させる配列もありました。今後このなかから、実際のウイルスの感染を抑えるペプチドを見つけ出したいと思います。我々の研究室では実際のウイルスを扱う実験はできませんので、外部研究機関と協力して研究を進めていきます。またSARS-CoV-2はいくつものウイルス変異株が出現していますが、RBDに多く変異が入っていることもわかっています。そのため、その他の変異株のRBDに対し、取得したペプチドが効果を示すかどうかも試していきたいと思っています。
今回のCOVID-19の治療薬開発に関する研究は、SDGsの目標3である「すべての人に健康と福祉を」の実現に貢献すると考えています。パンデミックこそ収束しましたが、COVID-19が消滅したわけではありません。コロナとともに生きざるを得ない私たちにとって、治療薬は欠かすことのできないものです。少しでも多くの人の健康に貢献できるよう、私たちは、ペプチドを用いてなるべく安価な薬剤を創出することを目指します。
また現在、地球環境の変動に伴い、ヒトと動物がともに感染する「人獣共通感染症」が大きな問題となっています。日本では、ヒト、動物、環境を一体のものとしてとらえ、分野を横断しながら解決を図る「ワンヘルス・アプローチ」が厚生労働省、農林水産省、環境省の連携によって進められています。SARS-CoV-2は動物から人に伝染し、それが人から人へと感染が広がったと言われておりますので、COVID-19も人獣共通感染症と言えます。私たちはCOVID-19に対する治療薬開発を通じてこのワンヘルス・アプローチに貢献したいと考えています。
生命医科学部で研究をしよう
私は、西川喜代孝教授が率いる分子生命化学研究室で、研究室運営に携わっています。実験はひとりでやるもので、研究室の皆となかよしになる必要は必ずしもないと思っていますが、少しでも良い信頼関係は築きたいと思っていて、学生の皆がストレスなく全力をだせるような環境にしたいと意識しています。また学生のみなさんには、人は人、自分は自分、自分が成長することに集中してくれたらいいと思って接しています。
私たち同志社大学の研究者の待遇を少し話しますと、私たちは研究内容を論文にまとめて発表するという責務がありますが、近年、世界中の誰もがインターネットを介して自由に論文を閲覧できる「オープンアクセス」の仕組みが導入されたことにともない、研究者が負担する論文投稿費用が高騰しています。
このような状況を鑑み、同志社大学では投稿費用の一部を支援してくれる制度が数年前から導入されています。また、私も利用している「リサーチライフ支援助成事業」は、家庭と研究の両立を支援する制度です。子育て中の教員に対して助成金が支給され、そのお金を使って大学院生を研究アシスタントとして雇用することができます。いずれの制度も、研究を進めるうえで非常に心強いものです。使える制度は皆使って、少しでも研究成果に繋げられるように、私たちは精進しています。生命医科学部には研究がしたい学生が多いので、彼らを巻き込んで、学科、学部を盛り上げていきたいと思います。研究に興味がある高校生は、ぜひ生命医科学部に来てほしいと思います。
髙橋 美帆 プロフィール
生命医科学部医生命システム学科助教。茨城県つくば市出身。2001年星薬科大学薬学部卒業、星薬科大学大学院薬学研究科薬学専攻博士課程修了。博士(薬学)。国立国際医療センター研究所臨床薬理研究部流動研究員、同志社大学工学部環境システム学科特別研究員、2008年より現職。