新年のご挨拶
新年のご挨拶「同志社150年の歴史とその先を見据えて」
新年明けまして、おめでとうございます。
昨年11月29日、同志社創立150周年を迎え、新たな出発をなそうとする同志社大学のために尽力する決意を新たにすると共に、それをお支えくださる皆様のご活躍とご健勝を心よりお祈り申し上げます。
新年を迎え、150年にわたり、同志社を同志社たらしめてきた精神を再確認し、新たな出発ができればと願っています。
一年を振り返り、将来を展望する
2025年を振り返ると、本学の今後を考えさせられる、新たな「関係」の発見や気づきがありました。ここでは、将来展望につながる点を中心に一年を振り返りたいと思います。
(1)アジアとの関係
2024〜25年、同志社大学が幹事校となり、その間、私がPresidentを務めたACUCA(Association of Christian Universities and Colleges in Asia)の重要な活動として、加盟校の学生を集める学生キャンプ(8月18〜22日)と全加盟校の関係者を迎える大会(10月14〜16日)が本学で開催されました。アジア各地からやってきた学生や大学関係者と交流することを通じて、アジアの多様性が本学の発展や学生の成長にとって大きな可能性を持つことを体感することができました。150年前、新島襄や宣教師たちにとっては、欧米社会が目指すべきモデルとなっており、アジアはほとんど視野に入っていませんでした。しかし、今後、本学が世界の縮図となる多文化共生キャンパスを構築していくためには、アジア戦略をアップデートしていく必要があります。
また昨年2月16日、本学は韓国の詩人・尹東柱に名誉学位を贈呈しました。韓国からの来訪者も含め、多くの人が本学に集まり、尹東柱を媒介として、戦時下の歴史に向き合いつつ、新しい平和の文化をつくっていく決意を新たにすることができました。この件は、韓国のメディアで広く報道されたこともあり、昨年は、本学にある尹東柱詩碑を訪ねる韓国からの訪問者が増加しました。韓国をはじめ、アジアの国々から信頼される大学でありたいと願います。
(2)協定大学との関係
本学は2024年5月7日に立教大学と相互協力・連携に関する協定を締結し、昨年は、それを様々な領域において具体化する年となりました。その代表的な取り組みは、特設ページ「立教大学との連携事業」で紹介され、随時更新されています。昨年6月に行われた同志社大学・立教大学総合定期戦ではスポーツを通じた両大学の強固な結びつきを目の当たりにすることができました。また、9月に同志社びわこリトリートセンターで開催された「つながる!学生交流サマーキャンプ」も学生同士が交流する良い機会となりました。夜のキャンプファイヤーの際、立教大学の学生たちが満天の星空を見上げ、「こんなにも星があるのか」と驚き、また、都心では聞くことのできない鈴虫の合唱に耳を澄ませている様子を見て、協定締結が学生一人ひとりの経験に寄与していることをうれしく思いました。本学と立教大学との連携は、大学間連携の最良のモデルとなるよう、今後も知恵を出し合っていきたいと考えています。
本学にとって重要なパートナー大学のもう一つがテュービンゲン大学です。同志社大学におけるテュービンゲン大学同志社日本研究センター(TCJS)の設置や、テュービンゲン大学における同志社大学テュービンゲンEUキャンパスの設置により、両大学はすでに長い学生交流の歴史を持っていますが、昨年は、研究交流においても新たな進展がありました。同志社創立150周年記念式に、ポルマン学長をはじめとするテュービンゲン大学の先生方が参加してくださいましたが、その前日、ポルマン学長らと両大学の今後をじっくり話し合う機会を持つことができました。テュービンゲン大学は、本学の研究力を引き上げてくれる信頼できるパートナーであり、両大学の関係を、今後の本学の研究戦略の中に反映させていきたいと考えています。
(3)卒業生との関係
同志社校友会や同志社スポーツユニオンなど、各種団体の様々なイベントに参加し、幅広い領域で活躍されている卒業生たちと交流できたことも、昨年の大きな収穫でした。昨年は、同志社創立150周年を記念して、ホームカミングデーも特別なものとして企画されました。その中で行われた、本学卒業生の魚谷雅彦氏(資生堂前会長CEO)との対談は、教育が人の人生に及ぼす影響の大きさを再認識する機会となりました。高校時代より英語に強い関心を持っていた魚谷氏は文学部英文学科に入学され、そこで衝撃的な出会いをします。アメリカから帰ってきたばかりの若い教員(明石紀雄先生)が「君たちには生きた英語を教えたい」と授業で宣言し、それは「鳥肌の立つ経験」であったというのです。その後も毎回の授業に心躍ったという魚谷氏の話を聞きながら、卒業後、国際的なビジネスの場で活躍されてきた魚谷氏の土台が、本学での学びの中で築き上げられていたことを感じることができました。
150年前の同志社の生徒たちも、アメリカから帰国したばかりの新島の話を、きっと鳥肌の立つような思いで聞いていたに違いありません。本学で学ぶ一人ひとりに、新たな世界をもたらす「鳥肌の立つ」ような教育を行うことは、これからも本学が担っていくべき大切な使命です。
昨年8月14日に102歳で逝去された千玄室氏も、同志社での学びの成果を人生において発揮された方でした。中学受験の際、「同志社に行きなさい」と父親から言われた千玄室氏は「うちは茶道の家元なのに、なぜ、耶蘇教の同志社へ行かなくてはならないのですか」と反発しました。その人物が中学から大学まで同志社で学び、それが茶道の伝統を国際社会へと開いていく道へとつながっていきました。同志社150年の歴史は、千玄室氏をはじめ、先達が遺した多くのものによって築かれてきました。私たちもまた、その営みを引き継ぎ、未来を切り拓く、志高い人物を育てていく必要があります。
(4)歴史との関係
11月29日、国立京都国際会館で開催された同志社創立150周年記念式には1600名もの方々が参加され、共に150周年を祝うことができました。私は記念式の中で「同志社150年の歴史と精神を語り継ぐ」という講演を行いました(下記リンク参照)。その講演では、同志社の理念は決して抽象的なものではなく、生きたエピソードと結びついている点に、同志社の特徴と強みがあると語り、二つのエピソードを紹介しました。一つは松本五平さんについてで、もう一つは同志社創立10周年における「諸君よ、一人ひとりは大切なり」についてでした。
私たちが新たなビジョンをかかげ、新しい道を進もうとするとき、同志社を同志社たらしめているものが何かを再確認することは大切です。ビジョンや中期計画、組織改編など、いずれも同志社の将来にとって大切なものですが、それを担うのは私たち一人ひとりです。いくらよいアイディアや計画があっても、それを自分ごととして担う人がいなければ、すべて「絵に描いた餅」になりかねません。
創立記念日の翌日の11月30日、日本経済新聞に見開きの広告記事を掲載しました(下記リンク参照)。同志社創立150周年をどのように全国に伝えるべきか悩みましたが、その紙面では、同志社のそれぞれの時代を担った人物を前面に出しました。同志社の歴史は、その理念や精神を体現した一人ひとりの人物によって担われ、語り継がれたことを伝えたいと考えたからです。私たちもまたその歴史に連なっていきたいと思います。
共に知る、共に変わる── With a Good Conscience
同志社創立150周年を超えて、さらに次の時代にふさわしい同志社大学となっていくために新しいビジョンを策定しました(下記リンク参照)。それに基づき、私たちの今後の行動指針となる「同志社大学中期計画2030」を目下審議しています。新しいビジョンのタイトルに「共に知る、共に変わる── With a Good Conscience」を掲げました。これはビジョン全体を貫く中核的な理念となっていますが、それが単にキャッチフレーズではなく、私たちの日々の働きの中で「生きた」理念として働くためには何が必要なのでしょうか。
日本語の「良心」は明治期にconscienceの訳語として用いられ、今に至っていますが、もともと「孟子」からその訳語をとったため、儒教的なニュアンスを伴ってきました。しかし、新島にとって「良心」はキリスト教と一体的なものであり、また新島は儒教的価値に代わるものとして「キリスト教主義」を掲げています。新しいビジョンでは、そのような経緯を踏まえ、「良心」概念を儒教的な文脈ではなく西洋史的な文脈に位置づけ直し、conscienceの原義である「共に知る」に新たな光を当てています。
西洋史におけるconscienceはラテン語のコンスキエンティア、ギリシア語のシュネイデーシスに遡り、それが含意するところは古代ギリシアから議論の対象となってきた、長い歴史を有しています。豊穣な知的営為がconscienceに含まれていることは、その言葉の価値を高めますが、まずは「共に知る」という、一見容易に見えるconscienceの原義に注目したいと思います。
「知る」は、どの言語でも、幼児ですら使うことのできる基本語の一つだと言えます。現代において「知る」とはどのような意味を持っているでしょうか。わからないことを知ろうとするとき、私たちはGoogleなどを使って即座に検索します。IT社会では「知る」は情報を「検索する」こととほぼ同義になっています。しかし、かつて「知る」という行為は、「検索する」より、はるかに手間のかかるものであり、機械的というより身体的な行為でした。一例を聖書から引いてみたいと思います。「さて、アダムは妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、「わたしは主によって男子を得た」と言った」(旧約聖書「創世記」4章1節)。「知る」は、全身全霊をかけて相手を受け入れること、すなわち、すぐれて身体的な行為を意味していました。それゆえ、「知る」が男女の間でなされた場合、子どもが生まれた、と聖書は語っています。情報の検索や共有とは異なる「知る」の深みに気づくことは学問的営みのみならず、私たちの日常にとっても大切なことではないでしょうか。
同様の課題を「共に」という小さな言葉の中にも見出すことができます。現代においては指先一つで情報や知識を共有することができます。しかも、自分が安住する情報空間(フィルターバブル)の外に出ることなく、それは可能となります。しかし、真に「共に」ということを実現しようとすれば、自らのコンフォートゾーンの外に出て、他者と出会う必要があります。「共に知る」とは簡単な言葉でありながら、現代人に対し大きなチャレンジを突きつけているとも言えるでしょう。共に知り、他者と真剣に出会うことを通じて、私たちは変わっていくことができます。そのような同志の集まりが「同志社」であるとすれば、単純に見えて、チャレンジングな課題に対し私たちは向き合っていかなければなりません。「共に知る、共に変わる」は、同志社アイデンティティを再確認し、それを鼓舞する言葉でもあります。
これからも同志社が同志社であり続けるために、皆様お一人おひとりのご理解と力添えを心より願う次第です。
2026年1月1日
学長 小原克博
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- 同志社大学ビジョン「共に知る、共に変わる With a Good Conscience」
- 創立150 周年を迎えた本学は、未来に向けた中核的ビジョンとして「共に知る、共に変わる With a Good Conscience」を掲げます。「共に知る」とは「conscience(良心)」の原義であり、重要な局面で良心を語った新島の理念を受け継ぎ、実践するという意味を込めました。新島にとって、良心は自由と真理と深く結びつき、既存の秩序を超えて、人を新たなステージへと押し出す力でした。また新島は、新しい教育によって、人と社会を変える(再生する)ことができるという強い信念を持っていました。本学が150 年の伝統に甘んじることなく、「共に知り、共に変わる」挑戦を続けることによってこそ、良心を社会にあまねく広めていくことができるでしょう。この挑戦を具体化するため、5つのビジョンを定めました。